翻訳と辞書
Words near each other
・ ジョス
・ ジョス (ナイジェリア)
・ ジョスカン
・ ジョスカン・デプレ
・ ジョスカン・デ・プレ
・ ジョスコー線
・ ジョスト
・ ジョスパン
・ ジョスラン
・ ジョスリン・アングロマ
ジョスリン・デルクール
・ ジョスリン・ベル
・ ジョスリン・ベル・バーネル
・ ジョスリン糖尿病センター
・ ジョスリン美術館
・ ジョス・アクランド
・ ジョス・アックランド
・ ジョス・ウィードン
・ ジョス・ウェドン
・ ジョス・ウルティア


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ジョスリン・デルクール : ウィキペディア日本語版
ジョスリン・デルクール


ジョスラン・デルクール (Jocelyn Delecour、1935年1月2日- )は、フランス陸上競技選手。トゥールコワン生まれ。1964年東京オリンピック、1968年メキシコオリンピックの銅メダリストである。
== 経歴 ==
デルクールは、1956年メルボルンオリンピックに出場。4×100mリレーのメンバーとして出場を果たしたが、このときは準決勝で敗退している。2年後のストックホルムのヨーロッパ選手権には100m、200m、4×100mリレーの3種目に出場。結果は100mで4位、4×100mリレーで5位となったが、200mでは3位となり銅メダルを獲得した。
デルクールは1960年に2度目のオリンピックとなるローマオリンピックに出場。100m、200mは準々決勝敗退。4×100mリレーも予選敗退と結果を残すことができなかった。2年後のベオグラードのヨーロッパ選手権では、100mで銀メダル。200mと4×100mリレーで4位という結果を残している。
1964年には3度目のオリンピックとなる東京オリンピックに出場。個人種目の200mは準決勝で敗退したものの、デルクールはポール・ジュヌヴェベルナール・レブールクロード・ピケマルのメンバーで構成された4×100mリレーでアメリカポーランドに次いで銅メダルを獲得した。2年後のブダペストで開催されたヨーロッパ選手権では4×100mリレーのみの出場であったが見事金メダルを獲得。デルクールは大きな国際大会で初めて優勝を果たした。
デルクールは、4回連続出場となった1968年メキシコオリンピックでは100mと4×100mリレーに出場。100mは準々決勝で敗退したが、4×100mリレーでは前回大会もメンバーであったピケマルとジェラール・フェヌーイロジェ・バンビュクとともに、アメリカ、キューバに次いで銅メダルを獲得。2大会連続の表彰台となった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ジョスリン・デルクール」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.