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ジョー・スピネル(Joe Spinell、1936年10月28日 - 1989年1月13日)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州生まれの俳優。本名ジョセフ・J・スパニュオーロ(Joseph J. Spagnuolo、)。イタリア系アメリカ人。 体躯に恵まれるとともに、いかつい風貌からヤクザ、犯罪者、汚職警官などの配役が多く、悪役として独特の存在感を表した。 == 来歴 == 1936年、ニューヨーク市マンハッタンでイタリア系アメリカ人の家庭に生まれる。父はペレグリーノ・スパニュオーロ(1892年 - 1950年)、母は女優のフィロメナ・スパニュオーロ(1903年 - 1987年、別名メアリー・スピネル)で、6人兄弟の末っ子。 幼少の頃から芸能界を志望しており、舞台やラジオに出演。一時期、劇団も主宰していた。1972年に『ゴッドファーザー』で本格的なデビューを果たし、”ウィリー・チチ(Willi Cicci)”役でボディガード・ヒットマンを演じた。その存在感が評価され第2作の『ゴッドファーザーPARTII』にも出演。『タクシードライバー』、『ロッキー』、『ロッキー2』(高利貸しヤクザ”トニー・ガッツォ”)などにも脇役として出演した。1977年、ポルノ女優ジーン・ジェニングスと結婚。娘1人に恵まれるが、1979年離婚。 交友をもっていたシルヴェスター・スタローンが、未だ日の目を見なかった時代に企画した『ロッキー』によって成功したことに感化され、自作映画を企図。1980年、スプラッター映画『マニアック』(''Maniac'')で製作総指揮、脚本、主演を担った。なお、スピネルはキャロライン・マンローのファンで、この作品で彼女を出演させている。1984年には『ファナティック (新マニアック)』(''THE FANATIC'')で実母と共演を果たす。しかし同作は興行的には成功しなかった。 1989年、ニューヨーク州クイーンズの自宅アパートにおいて急死した。死因は心臓発作とされているが、詳細は不明である。一説にはぜんそくの持病を有していたといい、薬物や飲酒の影響も指摘されている。『マニアック』の続編を計画中であったという。埋葬地は「カルヴァリ共同墓地(Calvary Cemetery, Queens)」。この墓地は『ゴッドファーザー』のドン・ヴィト・コルレオーネの埋葬シーンで撮影に使用された場所であり、彼の自宅の近くであった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ジョー・スピネル」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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