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2学期制(にがっきせい)は、学校の1年間の課程を2つの学期に分けて行う制度である。2期制(にきせい)、前後期制(ぜんこうきせい)とも言う。 セメスター制(セメスターせい)とも言うが、セメスター制は厳密には2学期制と違う。しかし、現在の日本ではセメスター制の意義が曖昧になり、一般にはセメスター制と2学期制は同じように考えられている。日本で本格的なセメスター制を導入している学校は少ないが、厳密にはセメスター制ではない2学期制の学校も「セメスター制」を名乗っている。 == 概要 == セメスター(英語: semester)とは、欧米の大学において、1年間の教育課程を前期・後期、もしくは夏学期(4月 - 7月)・冬学期(9月 - 翌年3月)の2期、あるいは春学期(1月-4月)・秋学期(9月-12月)の2期に分ける場合のそれぞれの学期とそのカリキュラムの事を言う。アメリカでは後者の区分けが一般的であり、また夏休み中も教養課程のクラスや補修クラスなどを開講している大学が多く、それらの「夏学期」も含める場合は実質的に3学期制となるが、多くの学生は長期休みを満喫する。ドイツ語では「ゼメスター」という発音になるので、その表記も使用される。 語源はラテン語のsemetrisで、意味はse+metrisが「6か月」である。seがドイツ語のsechs、英語のsixに対応する。日本では年度の初めは4月であるが、欧米では9月である。 日本では後学期が始まる10月からの新入学を受け付ける大学は少ないが、ヨーロッパの大学では夏学期からでも冬学期からでも新規の学生登録ができる。 日本では大学、短期大学、高等専門学校などの高等教育ではほとんどの学校が2学期制であり、学期毎の学習成果を根拠にした単位認定をする学校が多い。これに対して中等教育以下では3学期制が多く、高等学校も1年間の学習成果を根拠とした単位認定がほとんどで、半年の学期毎で単位認定を実施する高校は稀である(例:静岡県立静岡中央高等学校)。 初等中等教育に関しては、2001年度に滋賀県栗東市の小学校で2学期制を初導入し、翌2002年度からは宮城県仙台市の全市立小中学校で導入した。両校は先駆的な取り組みとして有名になり、これ以降2学期制を取り入れる学校が増えた。 ただ日本における特に小学校、中学校、高等学校の2学期制は、かつての3学期制に影響を受けていることが多く、欧米のセメスター制とは根本的に考えが違う(特にカリキュラム面など)学校が多い。日本には未だ3学期制の観念が根強く、そのような観念を払拭するまでは本格的なセメスター制を行うことは難しい。一方、日本は独特の文化風習があり年度の観念もあるため、欧米と同じセメスター制を行うことに疑問があり、日本独自の「2学期制」を行うことが理想とする考えもある。 なお2学期制は、2009年には公立の小学校で4668校(21.8%)、中学校で2284校(23%)と公立小中学校の5校に1校は2学期制を導入しており、2004年と比べると2倍以上の公立小中学校が導入しているが、文部科学省の全国調査では、2009年度が2学期制を導入している公立小中学校のピークであり、減少傾向である〔相次ぐ「3学期制」復活 読売新聞 2014年07月14日〕。 岐阜県の多くの公立高等学校では、1965年(9月19日開会~10月29日閉会)に岐阜国体が開催された際に、2期制ならば、その期間は、ちょうど前期と後期の間の期間となり、国体に注力できるという理由によって2期制(前期・後期制)となった。この結果、岐阜県の高校ではかなり早期に2学期制がスタートすることとなった。 当時、国体は高度経済成長の地域開発政策に編入され盛大になり、開催県は「勝つための国体選手強化策」を強力に展開し、開催県が天皇杯を獲得するパターンができあがった。また、県民総動員体制、生徒・学生・教員の大量動員による教育破壊など、ごく一部のスポーツ万能の選手には有益でも、勉強に集中したい多くの一般生徒には多大な弊害があったが、国体の翌年からは、そのような弊害もなくなり、多くの学校で現在も続いている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「2学期制」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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