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タノムサク・シスボーベー : ウィキペディア日本語版
タノムサク・シスボーベー

タノムサク・シスボーベーThanomsak Sithbaobay、男性、1965年1月8日 - )は、タイプロボクサーマハーサーラカーム県出身。元OPBF東洋太平洋フライ級王者。キャリア晩年にはリングネームをカオヤイ・マハサラカムとした。
WBA世界ジュニアバンタム級1位にまでなり、鬼塚勝也との試合で2度も互角以上に渡り合いながら、「疑惑の判定」に泣かされて、遂に世界王座に付くことはなく引退したことから「無冠の帝王」と呼ばれた。
== 来歴 ==
1985年6月10日、プロデビュー。
1986年7月15日、デビュー9戦目でタイフライ級王座決定戦で判定勝ちで王座を獲得した。
1986年10月15日、デビュー11戦目でOPBF東洋太平洋フライ級王座決定戦に出場し、アンブリ・サヌシ(インドネシア)に4回KO勝ちで王座を獲得した。以後、1度の防衛に成功した。
1987年5月3日、2度目の防衛戦で松村謙二と対戦し、1-2の判定負けで王座から陥落、キャリア初黒星となった。この採点結果にタノムサク陣営が抗議するなど、地元判定ではないかとの議論が持ち上がった。
1990年11月29日、WBA世界バンタム級王者ルイシト・エスピノサと対戦するが、0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。
1992年4月10日、WBA世界ジュニアバンタム級王座決定戦で鬼塚勝也と対戦。クリーンヒットで上回り、前半に鬼塚の右目上をカットさせるなどしたが、6回以降の採点で巻き返され、僅差の0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。しかし、この判定結果に不満のファンから抗議が殺到。会場内でも協栄側に有利な恣意的判定だとし「協栄マジック」「協栄判定」との声が上がり、控え室に引き上げるタノムサクに観客が「You are Champ」と声を掛ける等の光景が見られた〔『ボクシング・マガジン』1992年5月号 ベースボール・マガジン社〕。また、多くの関係者もスポーツ紙や専門誌で疑問を呈するなど、「疑惑の判定」として大いに物議を醸した。
1993年11月5日、鬼塚と1年7か月ぶりに再戦し、0-3の判定負けで返り討ちにされ3度目の世界王座挑戦にも失敗した。この採点にも翌日のデイリースポーツ紙上で矢尾板貞夫が異を唱えるなど、またもや疑惑の判定との声が多く聞かれた。
1998年8月9日、千里馬哲虎と対戦し、4回TKO負けを喫し、この試合を最後に引退した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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