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ラーンナー
ラーンナーとは、マンラーイ王によって1292年に成立したとされるタイのラーンナー王朝()、もしくはその王朝の領土であったラーンナー地域を指す。また、これらの地域ではぐくまれた文化をラーンナー文化という。またチエンマイ王朝ともいう。元の冊封を受けた際には八百媳婦国とよばれた。 ==概要== 首都は時代や統治形態などにもよるが現在のチエンマイとしていた。マンラーイ朝出身の人物により代々統治がなされ、南方のスコータイ王朝やアユタヤ王朝などとは全く別の覇権を築き上げた。しかし、1558年以降ビルマの覇権下に入り、徐々に完全にビルマの一部と化したが18世紀以降、反ビルマ運動が盛んになり、1774年に南方シャムのタークシン王に寝返り、その後もチャクリー王朝の朝貢国となった。その後、チャクリー改革により中央集権化がはかられるまで、チェットトン王家率いるチエンマイ、ラムプーン、ラムパーン(これらには現在のメーホンソーン県、チエンラーイ県、パヤオ県なども含まれる)、ナーン王国、プレー王国が半独立を維持し続けた。 ラーンナーないしラーンナー地域と称する場合、多くの場合はタイ北部のチエンマイ県、チエンラーイ県、ラムプーン県、ラムパーン県、ナーン県、パヤオ県、プレー県、メーホンソーン県などの領域をさしていう。広義のラーンナー地域は、狭義のラーンナー地域に加え南はターク県バーンターク郡北部まで西はサルウィン川東岸地域まで、東はメコン川西岸地域すなわちラオスのサイヤブーリー県、北はビルマのシャン州あるいは中国のシップソーンパンナーまで拡大して解釈される。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ラーンナー」の詳細全文を読む
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