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チューレ空軍基地米軍機墜落事故 : ウィキペディア日本語版 | チューレ空軍基地米軍機墜落事故[ちゅーれくうぐんきちべいぐんきついらくじこ]
チューレ空軍基地米軍機墜落事故(チューレくうぐんきちべいぐんきついらくじこ)は、1968年1月21日に、アメリカ空軍のB-52爆撃機が起こした事故である。チューレ事故あるいはチューレ事件ともいう。 ==概要==
当時、で4発の水爆を搭載してアラート任務に就いていたB-52は、バフィン湾上空を飛行中に機内で火災が発生し、クルーは緊急着陸する間もなく脱出を余儀なくされた。6名のクルーは無事に脱出したが、射出座席のなかった1名はパラシュートで脱出しようとしている最中に死亡した。機体はグリーンランド(デンマークの自治領)のチューレ米空軍基地付近、ノーススター湾〔バイロット湾(入り江)とも呼ばれる。〕の海氷上に墜落、核弾頭が破裂・飛散し、大規模な放射能汚染を引き起こした。 アメリカとデンマークは徹底的な除去および回収作業を実施したが、核爆弾1発のセカンダリ(第2段階)部分については作業終了後も不詳のままとなった。アメリカ空軍戦略航空軍団のクロームドーム作戦はこの事故の後、その安全性と政治的リスクが浮き彫りになり、直ちに中止された。また安全手順の見直しが行われ、取扱いにおいてより安定した核爆弾の開発が行われた。 1995年、デンマークにおいて、政府が1957年の非核化方針に反し、グリーンランドへの核兵器の持ち込みを黙認していたという報告書が公開されると、政治スキャンダルとなった。この事件の後数年間、除去作業に関与した作業員は、被曝による疾病に対する賠償請求運動を行った。2009年3月、タイム誌はこの事故を史上最悪の核惨事の一つと評した〔The Worst Nuclear Disasters, ''Time'', March 2009〕。
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