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ディッキー・ベッツ : ウィキペディア日本語版
ディッキー・ベッツ

リチャード・ベッツ(通称:ディッキー・ベッツ、本名:Forrest Richard Betts1943年12月12日 - )アメリカミュージシャンギタリストシンガー。アメリカのロックバンド、オールマン・ブラザーズ・バンドのオリジナルメンバーとして有名。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第58位、2011年の改訂版では第61位。
== 経歴 ==
1943年、フロリダ州ウェストパームビーチ出身。アマチュアのフィドル奏者であった父の影響で5歳の時にウクレレを始める。ブルーグラスやアイリッシュフォークソングを好み、その後バンジョー、マンドリン、ドラムといろいろな楽器を経て10代前半でギターを始める。最初のギターはStella製アコースティックギター。ベッツにとって最初のギターヒーローは、デュアン・エディーであった。その後B.B.キングなどのブルースに傾倒する。17歳になるといろいろなバンドで演奏し各地をツアーで回るようになる。
その後ジャクソンヴィルに移住。ベーシストのベリー・オークリーと一緒にセカンドカミングというグループで活動する。1969年にベリー・オークリーと共に参加したセッションでデュアン・オールマンと出会う。直後にオールマン・ブラザース・バンド結成。ベッツはデュアンとツインリードギターを構成する。またメインのソングライターとしても活躍し、初期の楽曲「リバイバル」「エリザベス・リードの追憶」「ブルー・スカイ」等を世に送り出す。
1971年10月にデュアン・オールマンがオートバイ事故で他界。バンドのリーダーであり絶対的な中心人物を失ったオールマン・ブラザーズ・バンドは存続が危ぶまれる。しかし代わってリーダーとなったベッツが強力なリーダーシップと豊かな音楽性を発揮する。ギタリストを追加せずソロギタリスト体制で活動することとなり、製作途中であったアルバム『イート・ア・ピーチ』を完成させバンドの活動を軌道に乗せる。
1973年8月には『ブラザーズ&シスターズ』がリリースされ、全米アルバム・チャートNo.1を記録した。このアルバム収録のベッツがボーカルをとった「ランブリン・マン」はバンドの最大のヒット曲となった。またベッツの作曲センスが際立っている「ジェシカ」はサザン・ロックを代表するインスト曲となった。
1976年グレッグ・オールマンとベッツの不和からオールマン・ブラザーズバンドは解散する。ベッツは Dickey Betts & Great Southern を結成した。
1989年、オールマンブラザーズ・バンドが2度目の再結成をし、ベッツは自身のバンドにいたウォーレン・ヘインズと共に参加。2000年にオールマン・ブラザースバンドを再び離れている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ディッキー・ベッツ」の詳細全文を読む



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