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デュルビ・ドゥ・ラ・ブルターニュ : ウィキペディア日本語版
デュルビ・ドゥ・ラ・ブルターニュ

デュルビ・ドゥ・ラ・ブルターニュ(Derby de la Bretagne, )は、広義にはフランスブルターニュに本拠地を置くサッカークラブ同士が対戦するローカル・ダービーのことであり、狭義にはスタッド・レンヌFCナントの対戦のことである。デュルビ・ブレトン(Derby Breton)とも呼ばれる。ダービーの名称は、レンヌナントがブルターニュにおける2大クラブであることに由来する。今日のフランスにおける地域区分では、ナントはブルターニュ地域圏ではなくペイ・ド・ラ・ロワール地域圏に区分されている。ブルターニュに本拠地を置く他のクラブ、FCロリアンEAギャンガンスタッド・ブレスト29などとの対戦も広義のデュルビ・ドゥ・ラ・ブルターニュだが、伝統的にはデュルビ・ドゥ・ラ・ブルターニュと言えばレンヌとナントの対戦のみを指す。
1904年から1971年まで、レンヌはスタッド・レンヌ・ユニヴェルスィテ・クルブ(Stade Rennais Université Club)という名称だった。ナントとレンヌは1963年12月15日に初対戦し、ナントが2-1で勝利を収めた。両クラブともブルターニュ人との繋がりが強く、「ブルターニュの真の首都を決める試合」として争われている。レンヌの悪名高いサポーターグループのRoazhon Celtic Kopは、自分たちが陣取るTribune Mordellesに常にケルトの象徴を掲げる。一方のナントサポーターは、クラブカラーの黄色と緑色に染めたブルターニュ旗(本来は白色と黒色)を掲げることがある。
21世紀に入るとロリアンがディヴィジョン・アン(かつての1部)に昇格し、(広義の)ダービーでの地位を築き始めた。ロリアンはわずか1シーズンでリーグ・ドゥ(2部)に降格したが、2005-06シーズン終了後にリーグ・アン(現1部、ディヴィジョン・アンから改名)に再昇格し、しばしばナントを上回る順位でシーズンを終えている。2000年代後半、ナントは2度もリーグ・ドゥ降格を経験した。2009年に降格してから再昇格することができずにいるため、レンヌとナントの間ではダービーは行なわれず、レンヌとロリアンの間で広義のダービーのみが行なわれている。2008-09シーズンにはクープ・ドゥ・フランス決勝がギャンガン対レンヌ戦となり、ギャンガンが2-1で勝利して優勝した。決勝進出クラブが同一地域圏に所在するのは1956年以来初の出来事だった。
== 統計 ==
; 2009年5月17日時点




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「デュルビ・ドゥ・ラ・ブルターニュ」の詳細全文を読む



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