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トーマス・ヨハンソン(Thomas Johansson, 1975年3月24日 - )は、スウェーデン・リンシェーピング出身の元男子プロテニス選手。2002年の全豪オープン男子シングルス優勝者である。2008年の北京五輪男子ダブルスで、シーモン・アスペリンと組んだ銀メダル獲得もある。 シングルス自己最高ランキングは7位。身長180cm、体重80kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。ATPツアーで2002年全豪オープンを含む9勝、ダブルスで1勝を挙げた。 == 選手経歴 == 1994年にプロ入り。1998年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップのスウェーデン代表選手に選ばれ、現役引退まで代表を務めた。最初期のヨハンソンは全米オープンで好成績を出し、1998年と2000年の2度ベスト8に入った。2002年の全豪オープン決勝戦で、ヨハンソンは2000年全米オープン優勝者のマラト・サフィン(ロシア)を 3-6, 6-4, 6-4, 7-6 で破って初優勝する。スウェーデン人のテニス選手として、全豪オープンでは1988年のマッツ・ビランデル以来14年ぶり、4大大会でも1992年の全米オープンを制覇したステファン・エドベリ以来の優勝を成し遂げた。 その後、ヨハンソンは膝の手術で2003年のシーズンを棒に振ってしまう。2005年のウィンブルドンにおいて、ヨハンソンはダビド・ナルバンディアン(アルゼンチン)を準々決勝で破り、30歳にして初めてベスト4進出を果たす。その準決勝では、第2シードのアンディ・ロディックに 7-6, 2-6, 6-7, 6-7 で敗れた。スウェーデン人選手のウィンブルドン男子シングルス4強入りも、1993年のステファン・エドベリ以来12年ぶりの快挙であった。 2008年の北京五輪で、トーマス・ヨハンソンはシーモン・アスペリンと組んで男子ダブルスに出場し、この部門で銀メダルを獲得した。決勝戦ではスイス代表のロジャー・フェデラー&スタニスラス・ワウリンカ組に 3-6, 4-6, 7-6, 3-6 で敗れ、スウェーデンペアは銀メダルになった。 オリンピック銀メダルから1年後の2009年6月12日、ヨハンソンは「直ちに」15年間の現役生活から引退することを表明した。最後の年も、彼はデビスカップ・ワールドグループ1回戦の対イスラエル戦でシングルス2試合に出場した。3月末のマイアミ・マスターズ予選1回戦敗退が、彼の最後の試合出場になった。 スウェーデンのテニス界は、かつて世界の頂点に君臨した3強豪ビョルン・ボルグ、マッツ・ビランデル、ステファン・エドベリの伝統を誇るが、1996年にエドベリが現役を引退した後は低迷を続けている。その中にあって、ヨハンソンは同年代のヨナス・ビョルクマンやトーマス・エンクビストらと並んで故国のために奮闘してきた選手の1人である。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「トーマス・ヨハンソン」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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