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ニコライ・シチョーロコフ : ウィキペディア日本語版
ニコライ・シチョーロコフ
ニコライ・アニシモヴィッチ・シチョーロコフ1910年11月26日 - 1984年12月13日)は、ソビエト連邦政治家。上級大将(剥奪)。16年間(1966年~1982年)に渡って、ソ連公共秩序警備相(内務相)を務めたが、汚職により失脚した。''、1910年11月26日 - 1984年12月13日)は、ソビエト連邦政治家。上級大将(剥奪)。16年間(1966年~1982年)に渡って、ソ連公共秩序警備相(内務相)を務めたが、汚職により失脚した。
==経歴==
アルマズナヤ村の冶金工の家庭に生まれる。1931年からソ連共産党員。1933年、ドニエプロペトロフスク冶金大学を卒業し、ウクライナの冶金工場で技師、職長として働く。
*1938年 - ウクライナ共産党(ボリシェヴィキ)クラスノグヴァルジェイスキー地区委員会第一書記
*1939年 - ドニエプロペトロフスク市執行委員会議長
*1941年 - 赤軍に入隊し、第二次世界大戦に従軍
*1946年 - ウクライナ・ソビエト社会主義共和国地方産業次官
*1947年 - ウクライナ共産党中央委員会事務局で働く。
*1951年 - モルドバ・ソビエト社会主義共和国閣僚会議第一副議長(第一副首相)
*1957年~1958年 - モルドバ人民経済会議議長
*1962年~1965年 - モルドバ人民経済会議議長
*1965年 - モルドバ閣僚会議第一副議長(第一副首相)
*1965年 - モルドバ共産党中央委員会第二書記
1966年からソ連公共秩序警備相(内務相)。1966年からソ連共産党中央委員会委員候補、1968年4月から中央委員。第4期~第9期ソ連最高会議代議員。
レオニード・ブレジネフの死去後、シチョーロコフは、汚職事件の捜査と関連して1982年12月に内務相を罷免された。新たに内務相となったヴィタリー・フェドルチュクは、シチョーロコフ時代の内務省の活動を点検し、多数の職権濫用の事例を発見した。1984年2月19日、シチョーロコフの妻、スヴェトラーナが自殺した。6月、シチョーロコフは党中央委員会から外され、11月、上級大将の階級を剥奪された。12月7日、党から除籍され、戦闘関連の勲章と社会主義労働英雄の称号を除く全ての勲章が剥奪された。6日後、シチョーロコフは自殺した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ニコライ・シチョーロコフ」の詳細全文を読む



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