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パパ・ヘミングウェイ : ウィキペディア日本語版
パパ・ヘミングウェイ

『パパ・ヘミングウェイ』 (PAPA HEMINGWAY) は、1979年10月25日に発売された、加藤和彦の5枚目のソロ・アルバムである。 加藤のワーナー・パイオニア移籍後第1弾となった作品で、安井かずみとのコンビによるコンセプト・アルバム 『ヨーロッパ三部作』〔『パパ・ヘミングウェイ』 (1979年) 、『うたかたのオペラ』 (1980年) 、『ベル・エキセントリック』 (1981年) からなる海外録音による3枚のアルバム。加藤によれば、これらの作品はそれまで呪縛から抜け切れずにいた 「ヨーロッパ的なるもの」 と対峙するために制作されたもので、当初は三部作としての構想はなかったという。出典 『加藤和彦コレクション』 (CD:OMCX-1032~34) オーマガトキ 2004年 封入解説書およびフライヤーより〕の1作目としてバハママイアミで録音された。
==解説==
『パパ・ヘミングウェイ』 は、アーネスト・ヘミングウェイの生涯をテーマにしたアルバムである。以前からヘミングウェイの作品を愛読していた加藤と安井は、ヘミングウェイが生きた時代の世界観を表現するため、多数の資料にあたって時代考証の正確さを期すべく準備を重ねたうえで楽曲を作り〔出典 『エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る』 加藤和彦・前田祥丈著 スペースシャワーブックス 2013年〕、作家ゆかりの地であるナッソーコンパス・ポイント・スタジオと、マイアミのクライテリア・スタジオ〔このスタジオは本作に先立ち、1976年発表の加藤のソロ・アルバム 『それから先のことは…』 の録音に使用されている。〕でレコーディングを行なった。当時、海外録音といえば現地のミュージシャンを起用することが一般的だったが、加藤はサディスティック・ミカ・バンドからの朋友である小原礼高橋幸宏、前作 『ガーディニア』 にも参加した坂本龍一、そして高橋と坂本が所属するYMOのツアーサポートメンバーだった大村憲司を海外に同行させて合宿によるレコーディング〔加藤はヨーロッパ三部作の海外レコーディングを 「高級合宿」 と称していた。(出典 『エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る』 加藤和彦・前田祥丈著 スペースシャワーブックス 2013年)〕を敢行し、日本の一流ミュージシャンが異国の空気に触れることで生まれるテンションの高まりをアルバム制作に活かそうとした〔出典 『ワーキングカップル事情』 加藤和彦・安井かずみ著 リクルート情報出版 1984年〕。
レコーディング・スケジュールは、日本から持参した曲をもとにバハマで詞を書き、同地でベーシックな部分を録音したのち、マイアミでホーンとストリングスを収録〔マイアミでの録音は波乱含みで進行した。まず、当初参加を要請する予定だったマイアミ在住のスタジオ・ミュージシャンたちが、ビージーズのツアーのために出払ってしまい、一時はレコーディングが危ぶまれたが、加藤のソロ・アルバム『それから先のことは…』 の制作に参加し、旧知の仲だったサックス奏者のマイク・ルイスが急遽地元のミュージシャンを招集して事なきを得た。また、このセッションでは坂本龍一が編曲を担当したが、譜面をバハマからマイアミへの移動中に仕上げなくてはならず、結局譜面が完成したのはマイアミでの録音初日の朝だったという。(出典 『バハマ・ベルリン・パリ ヨーロッパ3部作』 リットー・ミュージック 2014年)〕、東京で最終的なオーバーダビングが行われた。なお、本作のレコーディングではヴォーカルやストリングス、ホーンなどの収録にダブルトラックが多用されている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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