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BIG BANG TOKYO(ビッグバン・トーキョー)は、TOKYO FMで、1992年4月1日 - 1995年3月31日まで放送された、朝の情報ワイド番組である。 ==概要== 「東京コーリング」「FMモーニング東京」など、長年に亘り午前7時からの放送だった、TOKYO FM (FM東京) の朝の情報生ワイド番組が、前番組「おはようTOKYOITE(トーキョーアイト)」から6時45分開始になり、さらに時間を早め、午前6時スタートとした。メインキャスターにはジャーナリストの橋本克彦を起用。番組開始時には東京都内の駅や通勤電車に「朝起きたら、あなたに伝えたいことがある…BIG BANG TOKYO」のキャッチフレーズが記されたポスターや、中吊り広告が多く掲載された。 番組の内容は、朝一番のニュース、朝刊紙面紹介、交通情報、天気予報。またJFN系列各局からのトピックスや海外情報などを伝える一方で、1992年より同局が展開した高い支持を集めた「JAPANESE POPS REFRAIN」キャンペーンで、聴取率調査週間 (スペシャルウィーク) には電話リクエストなどを行うなどの展開が行われた。 1993年の4月からは、月曜~木曜日のメインキャスターに同局の大橋俊夫アナウンサー、金曜日のメインキャスターに飯星景子が登場。月曜~木曜日のメインキャスターの大橋俊夫は、前番組の「おはようTOKYOITE」のサブキャスターや、橋本克彦の休暇時におけるピンチヒッターなどで、既に聴取者には馴染みだったこともあり、大橋のキャラクターが前面に押し出された企画(アニメ特集、主婦限定FAX企画「人妻倶楽部」)など、ユニークな企画が放送された。また全国ネット枠「FROM CITY TO CITY」では、JFN系列各局で放送されている、同時間帯のパーソナリティーが登場し、東京のスタジオとの軽妙なやり取りが人気を呼んだ。 1995年3月末をもって「BIG BANG TOKYO」は放送終了となり、後継番組には、FM文字多重放送としてサービス開始されたばかりの「見えるラジオ」と連動させた「越智啓斗のMORNING FREEWAY」(後の立花裕人のMORNING FREEWAY)に引き継がれた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「BIG BANG TOKYO」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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