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ピナトゥボ山 : ウィキペディア日本語版
ピナトゥボ山[ぴなつぼ]

ピナトゥボ山ピナツボ山、Mt. Pinatubo)は、フィリピンルソン島西側にある火山である。1991年に20世紀における最大規模の大噴火を引き起こした〔認定は米地質調査所1991年6月、出典 : 理科年表 - 島根県立大学〕。噴火前に1745mあった標高は、噴火後に1486mまで低くなっている。
サンバレス州バターン州パンパンガ州の境界上に位置し、マニラから約95km離れている。1991年までは、ひどく侵食を受けた目立たない山だった。密林が山を覆い、先住民アエタ族の数千もの人口を支えていた。アエタ族は、1565年スペインがフィリピンを征服したときに、低地から山へ逃がれた人々である。
1991年6月の噴火はおよそ400年振りに起きたもので、その規模と激しさは20世紀最大級だったが、噴火のピークを予測することに成功して、周辺地域から数万人を避難させ多くの人命が救われた。しかし、周辺地域では火砕流火山灰に加え、火山堆積物に雨水がしみこんで流動化する火山泥流が発生して、田畑、集落、街を埋没させ、数千戸の家屋が倒壊するなど、周辺の5州におよび、被害者総数120万人に達する多大な被害を出した。火山泥流は噴火後も毎年のように発生し続けている。
噴火の影響は世界中に及んだ。1883年クラカタウ噴火以来の大量の大気エアロゾル粒子成層圏に放出され、全球規模の硫酸エアロゾル層を形成し何か月も残留した。それにより地球の気温が約0.5℃下がり、オゾン層の破壊も著しく進んだ。
== 概観 ==

ピナトゥボ山は、ルソン島の西端に連なる火山列の一峰である。このあたりの火山は、フィリピン海プレートマニラ海溝から西へ向けてユーラシアプレートの下に潜り込むことで形成された、沈み込み帯の火山である。「ピナトゥボ (pinatubo)」とは、タガログ語サンバル語で「生育させた」という意味である。15世紀に起きた前回の噴火を伝える名前の可能性があるが、地元住民の間に大噴火の言い伝えは無い。
1991年に噴火するまでは、周辺の人々にもほとんど知られていない地味な火山だった。標高が1745mあったが、周囲の台地からの比高は600mほどしかなく、周囲の峰々と比べてもせいぜい200m高いだけだった。そのために、山容の大部分が人の目から閉ざされていた。山の斜面や山麓には、スペイン人の迫害から逃れるために低地を捨てて来たアエタ族が、数世紀にわたって住み着いていた。
ピナトゥボ山の側面には約3万人が、バランガイと呼ばれる自治体や小さな集落を作って生活していた。山と周囲の山頂をほとんど覆い尽くすジャングルが狩猟集団のアエタ族を養った。モンスーン気候がもたらす豊富な降雨量(年間約4,000mm)と肥沃な火山性土の恩恵により、周辺の平地は農耕に適し、多くの人々が米などの主食を栽培した。噴火後も、山から40km以内の土地に約50万人が居住している。人口が集中しているのは、アンヘレス市(15万人)やクラーク空軍基地跡(2万人)などである〔バランガイについてはフィリピンの地方自治「バランガイ」 に詳しい〕。
ブカオ川 (Bucao)、サントトーマス川 (Santo Tomas)、マロマ川 (Maloma)、Tanguay 川、Kileng 川など、複数の重要な水系がピナトゥボ山に水源をもつ。噴火以前、流域には貴重な生態系が拡がっていたが、噴火によって大半の渓谷が分厚い火山堆積物の底に埋もれた。それ以降、川は堆積物に塞がれ、谷あいでは頻繁に火山泥流が発生する。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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