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すずらん丸(すずらんまる)は、新日本海フェリーが運航していたフェリー。日本海初の長距離フェリーとして、舞鶴港と小樽港を結ぶ航路に就航、20ノットを超える当時としては破格の航海速力で「海の新幹線」と称された〔。 == 概要 == 高速化した大型フェリー2隻によるデイリー運航やトラック無人航走の実施といった新たなサービスを導入した阪九フェリーによる神戸~小倉間の長距離フェリーの成功を受け、関光汽船が内航貨物船を運航していた日本海航路にもフェリーサービスを導入するべく、1969年に新日本海フェリーが設立された〔。本船は、新日本海フェリーの第1船として、冬期の日本海の海況に耐えるため、就航当時、日本最大となる10,000トン級のフェリーとして計画され、幸陽船渠で建造された。船首を覆う遮浪ドームが外観上の特徴で、ドームは続いて建造されたフェリーはまなす、フェリーあかしあにも継承された。 1970年8月、舞鶴~敦賀~小樽間に週2便で就航、片道32時間で運航した。 1975年にフェリーてんりゅう、フェリーとねと交換で東九フェリーに売却され、フェリー伊豆として東京~小倉を結ぶ直行便に就航した。1977年に新日本海フェリーに買い戻され、フェリーライラックとして再就航、新潟~小樽航路に就航した。1979年に新日本海フェリーの定期航路から引退。その後西日本汽船に売却され、クルーズ客船に改造されゆうとぴあとして就航した。1986年に再度改造を受け、1990年代まで運航された。 1994年に海外売船され、ギリシャのMed Link Lines、Five Star Lines、アルジェリアのAlgerie Ferriesなどで、船名をPOSEIDON、POSEIDON X、POSEIDON Cと変更しながら地中海などで運航されたが、2008年にインドで解体された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「すずらん丸」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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