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フェルナンド・ニコラス・オリバ : ウィキペディア日本語版
フェルナンド・ニコラス・オリバ

フェルナンド・ニコラス・オリバ(Fernando Nicolas Oliva、1971年9月26日-)はアルゼンチン出身のサッカー選手。ポジションはFWMF。元アルゼンチンB代表
== 経歴 ==

セントラル・コルドバから1996年に清水エスパルスに入団。同じアルゼンチン人である当時のオズワルド・アルディレス監督は、オリバを即座にチームの主軸に据え、その年のヤマザキナビスコカップ優勝に貢献。同年の決勝は3-3の壮絶な激戦の中(2点目を入れたのはオリバ)、PK戦にまでもつれ込むが、優勝を決定付けた5人目のキッカーはオリバである。来日時は中盤ならどこでもこなせるオールラウンドプレーヤーとのふれこみだったが、日本ではFW、攻撃的MFとしてプレーした。高い技術とアイデア溢れる独創的なプレー、さらには体躯を活かしたパワフルなプレーをも併せ持ち、清水の得点源として活躍。98年には驚異の21得点を記録した。清水史上最高の外国人選手という声もある。〔http://ameblo.jp/todakazuyuki/entry-10252179533.html| 戸田和幸ブログ/3週間記念!!〕
1999年にいったん母国に戻るものの、翌年清水に復帰。しかしこの時期は攻撃陣が安永聡太郎久保山由清らに固定されており、さらに古傷の膝の状態も芳しくかったためトップフォームには程遠く、不完全燃焼のまま2000年7月末をもって退団した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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