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フロックコート(英:Frock Coat、米(別名):Prince Albert coat)は19世紀中頃から20世紀初頭にかけて使用された昼間の男性用礼装である。ダブルブレストで黒色のものが正式とされ、フロックコートとシャツ、ベスト、ズボン、ネクタイで一揃いになった。その後モーニングコートに取って代わられ、現在では前合わせがシングルのものも多く見られるようになり、結婚式で使われるくらいになった。 == 来歴 == ダブルブレストの上着の起源はポーランド軽騎兵・ウーランの服装であり、乗馬の際に風が入らないように前合わせがダブルで襟が高くなったと言われている。そして、これらの特徴を持った上着は18世紀には軍服として使われていた。 19世紀初頭、プロイセン軍のウーラン騎兵隊(隊員のほとんどがポーランド人であったことから、ウーランプルク (Ulan-Pulk) と呼ばれていた)の軍服であったダブルブレストで紺青色(プルシアンブルー)のコートが、男性の服装として地味な色彩が好まれていたイギリスにも広まった。軍服は立襟のままだったが、それ以外のものは背広襟となり、色は更に濃い色調の濃紺や黒のものが19世紀中頃には男性の昼間用礼装となった。 20世紀に入ると礼装はモーニングコートに取って代わられ、準礼装はグスタフ・シュトレーゼマンが執務服として導入したディレクターズスーツが広まり、民間では着られなくなった。各国軍隊では、第2次世界大戦頃まで正装・礼装として広く用いられ、現在でも一部の国で使用されている(軍服の項を参照)。また、海軍では背広襟のフロックコートが略装として採用され、それが紺色ダブルのブレザーとなったとも言われている。 File:Frockcoatsuit informal check.jpg|常装用のチェックのフロックコート。前を開けているので、中のウェストコート等が見える。 File:Ułani Księstwa Warszawskiego.JPG|ポーランド、(ワルシャワ公国)のウーラン Image:Frederick II of Prussia Coloured drawing.png|フリードリヒ2世 Image:Gen sir herbert plumer.jpg|イギリス陸軍の礼装用フロックコート(第一次世界大戦頃)。将官用の正装として現在も使用されている。 File:Man's silk and wool twill frock coat c. 1820.jpg|チェックのフロックコート 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「フロックコート」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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