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ブラックパワー・サリュート(英:The Black Power Salute)は、アメリカ公民権運動で黒人(アフリカ系アメリカ人)たちが行った、拳を高く掲げ黒人差別に抗議する示威行為である。 ==メキシコシティオリンピックでの示威行為== 1968年メキシコシティオリンピックにおいてアフリカ系アメリカ人選手のトミー・スミスとジョン・カーロスが行ったブラックパワー・サリュートは、近代オリンピックの歴史において、もっとも有名な政治行為として知られる。 男子200メートル競走が終了した1968年10月17日夕刻、アメリカ人選手で19秒83の世界記録で優勝したトミー・スミス、オーストラリア人で20秒06の記録で2位のピーター・ノーマン、20秒10で3位につけたアメリカ人ジョン・カーロスのメダリスト3人はメダル授与のため表彰台に向かった。 2人のアフリカ系アメリカ人選手は黒人の貧困を象徴するため、シューズを履かず黒いソックスを履いてメダルを受け取った。さらにスミスは黒人のプライドを象徴する黒いスカーフを首に纏い、カーロスはクー・クラックス・クランなどの白人至上主義団体によるリンチを受けた人々を祈念するためロザリオを身につけていた。一方でノーマンも他の2人に同調、3人で「人権を求めるオリンピック・プロジェクト(Olympic Project for Human Rights 略称:OPHR)」のバッチを着用した。カーロスは当初身につける予定だった自分の黒グローブを忘れたが、ノーマンがスミスのグローブを2人で分かち合うよう提案し、スミスが右の手袋を、カーロスが左の手袋をつけることになった。そしてアメリカ国歌が演奏され、星条旗掲揚されている間中、スミスとカーロスは、目線を下に外し、頭を垂れ、高々と握り拳を突き上げた。会場の観客からはブーイングが巻き起こり、この時の様子は世界中のニュースで取り上げられた。 後にスミスは「''もし私が勝利しただけなら、私はアメリカ黒人ではなく、ひとりのアメリカ人であるのです。しかし、もし仮に私が何か悪いことをすれば、たちまち皆は私をニグロであると言い放つでしょう。私たちは黒人であり、黒人であることに誇りを持っている。アメリカ黒人は(将来)私たちが今夜したことが何だったのかを理解することになるでしょう。''」とこの時のことを語っている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ブラックパワー・サリュート」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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