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プトレマイオス朝[ぷとれまいおすあさ]
プトレマイオス朝は、古代エジプトのマケドニア系王朝(紀元前306年 - 紀元前30年)。アレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)の死後、部下であったプトレマイオス(マケドニア出身のマケドニア人)が創始した。首都はアレクサンドリアに置かれ、アレクサンドリアは地中海屈指の大都市・ヘレニズム文化の中心として、以前と変わらぬ繁栄を続けた。 == 概要 == プトレマイオス朝はエジプトの伝統を取り入れて血族結婚を繰り返したとされ、200年以上エジプトを支配しながらエジプト人の血が混じらずマケドニア人の血脈を保ったとされていたが、クレオパトラ7世の妹であるアルシノエ4世とされる骨の分析の結果、マケドニア系とアフリカ系の特徴を持っていたことが分かり、マケドニア人の血脈を保っていたという定説は覆った〔2009年8月2日放送NHKスペシャル エジプト発掘 第3集「クレオパトラ 妹の墓が語る悲劇」にて取り上げられた〕。 代々「プトレマイオス」という名前を持った王が、姉・妹・叔母・姪などにあたる「ベレニケ」「アルシノエ」「クレオパトラ」という名前を持った女王と共同統治した。しかしプトレマイオス朝は一族内での殺し合いが頻繁に行なわれ、紀元前80年に同王朝の直系が断絶し、これに介入したローマにより、紀元前30年に滅ぼされた。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「プトレマイオス朝」の詳細全文を読む
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