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ヘンリー・カボット・ロッジ
ヘンリー・カボット・ロッジ(, 1850年5月12日 - 1924年11月9日)はアメリカ合衆国の政治家、歴史家。 == 概要 ==
連邦下院議員(1887年 - 1893年)、連邦上院議員(マサチューセッツ州選出、1893年 - 1924年)。上院では外交委員長(1919年 - 1924年)。ウィルソン大統領が提唱した国際連盟に対し、モンロー主義を唱える上院の反対(=共和党が多数)の中心となり、結局、アメリカ合衆国は国際連盟に加盟しなかった。1897年、米西戦争の前後にはウィリアム・マッキンリー大統領の同盟者・友人として、セオドア・ルーズベルト、アルフレッド・セイヤー・マハンらと共に膨張路線を推進してハワイ併合や、キューバ、プエルトリコ、フィリピンへの進出を果たした〔ケネス・J. ヘイガン、イアン・J. ビッカートン『アメリカと戦争 1775‐2007―「意図せざる結果」の歴史』2010年、大月書店〕。上院共和党協議会議長(1918年 - 1924年)となり。事実上の初代上院多数党院内総務とされる。後に上院議員、国連大使となるヘンリー・カボット・ロッジ・ジュニアは孫。
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英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Henry Cabot Lodge 」があります。
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