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ベルサザール・ハケット : ウィキペディア日本語版
ベルサザール・ハケット

ベルサザール・ハケット(Belsazar de la Motte Hacquet、または Balthasarまたは Balthazar Hacquet、1735年頃 – 1815年1月10日)オーストリア(スロヴェニア)の医師、博物学者である。フランス系であるとされる。スロヴェニアのイドリアなどで働き、スロヴェニア地方の地質学、植物学を研究した。
==略歴==
生年、生地については確実ではない。多くの資料はブルターニュ地方のル・コンケの貴族の非嫡出子であったとするが、スロヴェニアに暮らした時代に親交のあったジグムント・ゾイスにロシアの高官の息子であると称したが資料はない。メッスで生まれたという研究もある。
ウィーンで学び、七年戦争(1756年-1763年)の間は、軍医を務めた。スロヴェニアの鉱山都市、イドリヤで医師を務めた後、リュブリャナで解剖学、外科学を教えた。オーストリア帝国領、各地の科学的調査で知られ、その分野は、地質学、鉱物学、植物学、化学、民族学におよび、カルスト地形の研究でも知られる。イタリア北東部からスロベニアにまたがるジュリア・アルプス山脈の本格的な調査を行った最初の科学者であり、スロベニアの最高峰、トリグラウ(Mali Triglav;2725 m)に登頂した。1789年にスロヴェニアの地形に見られる定期的な土砂崩れ、(plaz Slano Blato)について記述し、鉱物のドロマイトの存在を認識した。
著書には4巻の"''Oryctographia Carniolica''"があり、カルニオラ地方、イストリア半島の地質、鉱物を論じた。南方スラブ人(Slavus Venedus Illyricus)の民族学的研究の著書もある。ジグムント・ゾイス、 Blaž Kumerdej、Gabriel Gruber、Peter Pavel Glavar、Anton Tomaž Linhartら啓蒙主義者が会員の、カルニオラ農学協会の事務局長を務めた。
植物学の分野では、『カルニオラの高山植物』("''Plantae alpinae Carniolicae''")の著書がある。トリグラフで採集したうす黄色のマツムシソウを新種として''Scabiosa trenta''と命名し、記載したがこれは後にであるとされた。
セリ科の種、'やシオガマギク属の種、''などに献名されている。
シオガマギク属の種、''などに献名されている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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