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マウムーン・アブドル・ガユーム : ウィキペディア日本語版
マウムーン・アブドル・ガユーム

マウムーン・アブドル・ガユームディベヒ語: ; ''Maumoon Abdul Gayoom'', 1937年12月29日 - )はモルディブ政治家。第二共和政第2代大統領マレに生まれる。カイロアズハル大学卒業。
カイロのカイロ・アメリカン大学、ナイジェリアアフマド・ベロ大学イスラム学助手・講師。1971年帰国し、1972年海運局長、1974年には首相府特別補佐官に就任。1976年国連の常駐代表、1977年運輸相を経て、1978年7月大統領選で当選し、11月11日就任。1980年には、イブラヒム・ナシル初代大統領率いるクーデター計画を防いでいる。
ガユームが権威主義体制に基づくアジア最長政権を維持し続けたのは、モルディブでは議会が大統領選挙の候補者を選出し、国民が信任投票を行う形をとっており、しかも議会が与党の独占状態だったからである。このため民主主義に反すると欧米を中心に非難され、2003年の大統領選挙直後から国内でもモハメド・ナシードらが創設したモルディブ民主党が中核となった民主化運動が起こり、圧力に抗しきれなくなったガユームは複数政党制を容認するに至った。
2008年10月29日、ガユームは大統領選挙でナシードに破れ、30年にも及ぶ政権は終焉を迎えた。
2013年11月の大統領選挙で当選し、第6代大統領に就任したアブドゥラ・ヤミーン・アブドル・ガユームは異母弟にあたる。
== 出典 ==



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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