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マッコーリー大学(—だいがく、)は、オーストラリア連邦シドニーの北東部郊外、ノースライドに位置する公立大学。地域の大きなショッピングセンターであるマッコーリー・センター、さらにオーストラリアの「シリコンバレー」とも呼ばれるマッコーリー・リサーチパークに隣接する。学生数は30000人以上で、うち大学院生が10000人以上在籍する、オーストラリア有数の大学院重点化大学である。 「オーストラリアの革新的大学」のニックネーム通り、1960年代以降に設立された大学群のトップランナーとして、Group of Eightに象徴される国内の伝統的大規模大学と対抗してきた。伝統校と互角に渡り合うのみならず、世界的にも高い評価を得ており、たとえば2005年の英国タイムズ紙の世界大学ランキングにおいては、全世界で67位、欧州と北米をのぞく地域で18位にランクされた。さらに同年のタイムズ紙では、社会科学の分野で世界の46位に、人文科学の分野で世界の36位に、それぞれランキングしている。また、マッコーリー経営大学院はニューサウスウェールズ州で最古の歴史を誇り、各種国際ランキングでアジア太平洋地域でトップ、世界でもベスト50の高い評価を受けている。言語学も有名で、オーストラリア国内最大規模の言語学部を誇り、英語教授法、通訳・翻訳などの分野において先導的地位を占める。また、マッコーリー大学から生まれたマッコーリー辞書は、世界で初めての本格的なオーストラリア英英辞典であり、オーストラリア国内で最もよく用いられる権威ある辞書となっている。 理系では、アメリカの科学情報研究所は、マッコーリー大学をエンジニアリング、テクノロジー、化学の分野で、リサーチインパクトにおいてオーストラリア国内でトップにランキングしている。 大学のユニークな研究所としては、オーストラリア唯一で世界の4つのうちの一つであるNASA付属の宇宙生物学研究所、オーストラリア初のエジプト学研究所などがある。 前・学長(Vice-Chancellor)のDi Yerburyは、オーストラリア大学史上初の女性の学長であった。 == 歴史 == 1960年代のシドニーの急速な拡大とともに、ニューサウスウェールズ大学及びシドニー大学に加えて三校目の高等教育機関の必要性が生じた。建設地がノースライドに決まり、多くの議論の末にニューサウスウェールズ植民地の初期の重要な総督ラクラン・マッコーリー1810 - 1821年在職) に因んで名前が付けられた。1964年、連邦政府による、"マッコーリー大学議定書" の通過とともに設立され、1967年に学生に開かれた。 マッコーリー経営大学院は1969年に設立された。 1990年に "高等教育(合同)議定書1989" により、Sydney College of Advanced Education の初期児童期研究機関を吸収した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「マッコーリー大学」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Macquarie University 」があります。 スポンサード リンク
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