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マリア・アンナ・フォン・ザクセン=アルテンブルク(Maria Anna von Sachsen-Altenburg, 1864年3月14日 アルテンブルク - 1918年5月3日 ビュッケブルク)は、ドイツのザクセン=アルテンブルク家の公女で、シャウムブルク=リッペ侯ゲオルクの妻。 ザクセン=アルテンブルク公子モーリッツとその妻でザクセン=マイニンゲン公ベルンハルト2世の娘であるアウグステの間の第1子、長女として生まれた。1882年4月16日にアルテンブルクにおいて、シャウムブルク=リッペ侯家の世継ぎ公子だったゲオルクと結婚する。夫妻はシュタットハーゲンに新しく築かれた城館で暮らし、ゲオルクは1893年に侯位を継いだ。マリア・アンナは教会や学校を援助し、シュタットハーゲンのマリア・アンナ財団(Marie Anna Stift)を創設した。 マリア・アンナは死んだ夫の棺を訪れた際、棺の中で発生していた細菌が原因で敗血症を起こし、亡くなった。そしてビュッケブルク霊廟(Mausoleum Bückeburg)に葬られた。 == 子女 == *アドルフ・ベルンハルト・モーリッツ・エルンスト・ヴァルデマール(1883年 - 1936年) - シャウムブルク=リッペ侯 *モーリッツ・ゲオルク(1884年 - 1920年) *ペーター(1886年) *エルンスト・ヴォルラート(1887年 - 1962年) - シャウムブルク=リッペ侯家家長 *シュテファン・アレクサンダー・ヴィクトル(1891年 - 1965年) *ハインリヒ・コンスタンティン・フリードリヒ・エルンスト(1894年 - 1952年) *マルガレーテ(1896年 - 1897年) *フリードリヒ・クリスティアン・ヴィルヘルム・アレクサンダー(1906年 - 1983年) *エリーザベト・ヘルミーネ・アウグステ・ヴィクトリア(1908年 - 1933年) - 1928年にベンヴェヌート・ハウプトマン(ゲアハルト・ハウプトマンの息子)と結婚(同年離婚)、1930年にへーリンク・フォン・フランケンスドルフ男爵ヨハンと再婚 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「マリア・アンナ・フォン・ザクセン=アルテンブルク」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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