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マーク・デービス(Mark William Davis , 1960年10月19日 - )は、MLBで活躍した投手。左投左打。アメリカ合衆国・カリフォルニア州リバモア出身。 == 人物・来歴 == 9月12日に、19歳の若さでフィラデルフィア・フィリーズでメジャー初登板。当初は主に先発投手で、には9試合で1勝4敗に終わり、サンフランシスコ・ジャイアンツにトレードされる。 当時ジャイアンツは低迷期で、途中にはリリーフに転向するがその年は5勝17敗の散々な成績。17敗はリーグワースト2位であった。もリリーフで5勝12敗7セーブという凡庸な成績であった。1985年途中に監督に就任したロジャー・クレイグはヒューストン・アストロズのコーチ時代にマイク・スコットにスプリット・フィンガード・ファストボール(SFF)を伝授し、デービスも取り組み始め、この頃から投球回数を超える三振を奪えるようになったが、なかなか開花せず、途中にサンディエゴ・パドレスに移籍(この際の交換相手の一人にケビン・ミッチェルがいた。また、キース・カムストックがデービスと共にジャイアンツからパドレスに移籍)。 パドレスでクローザーに起用されてようやく開花し、には28セーブを記録。この年、オールスター出場を果たし、秋にはMLBオールスターの一員として日米野球で来日を果たした。そして、にはナ・リーグ最多の44セーブをあげて、サイ・ヤング賞に選出された。 この年のオフにフリーエージェント(FA)でカンザスシティ・ロイヤルズに移籍。ロイヤルズには1989年のア・リーグサイ・ヤング賞ブレット・セイバーヘイゲンが居て、史上初めて前年の両リーグのサイ・ヤング賞投手が翌年にチームメイトとなったが、デービスは44セーブから6セーブに、セイバーヘイゲンは23勝から5勝と、両者とも大幅に成績を下降させた。以後は目立った活躍がなく、途中でアトランタ・ブレーブスに移籍も散々な成績。には古巣フィリーズ、更に93年途中に古巣パドレスに移籍するが、一時のような成績は残せず、限りで一度現役を引退。 にミルウォーキー・ブルワーズで3年ぶりの復活を果たすが、その年限りで再度引退した。 結局、好成績を残したのは最初のパドレス時代のみで、2シーズンで72セーブをあげたが、最後の8シーズンではわずか11セーブ、通算でも96セーブしかあげられなかった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「マーク・デービス」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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