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ミケーレ・バルトリ : ウィキペディア日本語版
ミケーレ・バルトリ

ミケーレ・バルトリ(Michele Bartoli、1970年5月27日 - )は、イタリアトスカーナ州ピサ出身の自転車プロロードレース選手。1992年プロデビュー。2004年引退。クラシックレースを得意とし、モレノ・アルゼンティンの後継者と呼ばれ、プロ通算57勝をあげた。1997-1998年には二年連続UCIワールドカップチャンピオンに輝いたほかジロ・デ・イタリアでも2勝している。
== 経歴 ==
1992年にプロ入りし、1994年のジロ・デ・イタリアでステージ優勝。1996年にはロンド・ファン・フラーンデレンで優勝し、世界選手権でも3位に入った。1997年にはリエージュ〜バストーニュ〜リエージュで優勝。UCIワールドカップチャンピオンの座に着き、トッププロとしての地位を固める。
翌1998年はリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを連覇し、チューリッヒ選手権でも優勝。世界選手権でも2回目の3位となり、2年連続でUCIワールドカップチャンピオンとなった。
さらに1999年のティレーノ〜アドリアティコでも総合優勝。2000年もイタリア選手権で優勝を果たすなどの活躍を見せていたが、2000年の世界選手権でゴール前にシフトダウン操作をしているのを写真に取られ、「闘志に欠ける」姿勢がバッシングを受けた。
しかしファッサボルトロに移籍後の2002年には、アムステルゴールドレースジロ・ディ・ロンバルディアで優勝するなど実力を見せつけ、2003年にはジロ・ディ・ロンバルディア連覇を果たす。
だが、2004年は、オリンピックイタリア代表に選ばれるも、不調のため辞退。ツール・ド・フランスも足の故障でリタイア。結局この年をもって現役を引退することとなった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ミケーレ・バルトリ」の詳細全文を読む



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