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ミノル・ヤマサキ(Minoru Yamasaki、山崎實、1912年12月1日 - 1986年2月7日)は、日系アメリカ人建築家。ワシントン州シアトル出身の日系二世。ニューヨークの世界貿易センタービルの設計者。日系の近代建築家として、アメリカで確固たる地位を築く。AIAのファースト・オナー・アウォーズで4度(Honor3度、Merit1度)受賞。 日本でも芦屋浜シーサイドタウンなどの設計を手がけたことで有名である。 == 略歴 == * 1912年 12月1日に富山県出身の日系移民の子としてシアトルに誕生。ワシントン大学卒業後、ニューヨーク大学で修士号を取得。 * 1941年 テルコ・ヒラシキと結婚。 * 1945年 大手設計事務所スミス・ヒンチマン&グリルス事務所のチーフデザイナーとなる。 * 1949年 スミス・ヒンチマンの事務所の同僚とデトロイトとセントルイスに事務所を開設。 * 1955年 ランバート・セントルイス国際空港の設計で注目される。 * 1961年 テルコ・ヒラシキと離婚し、ペギー・ワティーと再婚。その2年後に離婚。さらに日系人の女性と3度目の結婚をするがすぐに破局。 * 1969年 テルコ・ヒラシキと再婚。 * 1986年 2月7日、癌のため死去。73歳。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ミノル・ヤマサキ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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