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メタモルフォーゼン
『メタモルフォーゼン~23の独奏弦楽器のための習作』(''Metamorphosen, Studie für 23 Solostreicher'' )はリヒャルト・シュトラウス作曲による23の弦楽器のための楽曲。1945年の第二次世界大戦最終期、ドイツが敗れる直前に作曲された、シュトラウス晩年81歳の時の作品である。 「メタモルフォーゼン」は「メタモルフォーゼ(Metamorphose)」の複数形で、日本語では『変容』と訳されることが多く、技巧的には変奏曲に関連するものの主題に束縛されず、その展開がより自由に構成されたものである〔ケンペ版(EMI、CLC-1064)の解説。〕。また、弦楽合奏曲に属すが、標題にもあるようにあくまでも「独奏弦楽器のため」のものであり、伝統的な弦楽合奏とは本質的に異なった、それぞれの楽器を独奏風に動かしている点に特徴がある。従って作曲者自身がそこに習作的なものを感じて敢えて「習作」と題したのかもしれないという〔。 == 作曲の経緯 == 第二次世界大戦の末期、1944年から45年初めにかけてミュンヘン近郊のガルミッシュ=パルテンキルヒェンにあった作曲者の山荘で作曲、3月13日から総譜化に着手され、ナチス・ドイツ崩壊直前の4月12日に完成された〔カラヤン版(DG、POCG-3601)の解説。〕。それより前、1944年の夏に自作の『ダナエの恋』の初演が中止された時に「私の生活は終わった」と語ったシュトラウスであったが〔フルトヴェングラー版(DG、POCG-3797)の解説。〕、本作の草稿のひとつに「ミュンヘンを失いたるなげき」と書いているように、大戦によってドイツの町並みや農村の風景などが破壊されて行き、自作の初演が行われた多くの劇場や音楽会堂も次々と瓦礫と化していく中で、ドイツの歴史や古くからの文化、伝統の喪失に対する悲しみや、崩壊していく祖国への惜別の思いを込めつつ敢えて筆を進めたという〔。そして45年2月にベルリンの国立歌劇場やドレスデンの国立歌劇場を始め、3月にはウィーンの国立歌劇場が破壊されたという悲報に接し、エルンスト・クラウゼ(Ernst Krause)によれば「この苦痛の中」でシュトラウスとしては珍しい「短調の支配する曲」を完成させた〔クラウゼの引用はカラヤン版(DG、POCG-3601)の解説による。〕。
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