|
モスクワ三国外相会議(モスクワさんごくがいしょうかいぎ、英:Moscow Conference of Foreign Ministers)は、第二次世界大戦終結後の1945年12月に、連合国側のアメリカ国務長官ジェームズ・F・バーンズ、イギリス外務大臣アーネスト・ベヴィン、ソ連外務大臣ヴャチェスラフ・モロトフの臨席でモスクワで開催された外相理事会の外相会合。別名、外相臨時会合(Interim Meeting of Foreign Ministers)。 == 概要 == 各地域の戦後処理、特に極東における占領政策、平和の確立などについて討議された。会議は12月17日に以下の内容を含む声明を出し、それぞれの外相によって署名された。 * イタリア、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、およびフィンランドとの平和条約の準備 * 日本における極東委員会の創設と、対日理事会設置 * アメリカとソ連による共同委員会を設置し、朝鮮半島地域での単一の自由国家の成立を勧告すること * 中国、ルーマニア、ブルガリアの領土的処遇について * 原子力のコントロールに関する委員会を国連によって設立すること とりわけ、朝鮮半島については、地域内ですでにアメリカ軍とソ連軍が対立していることから、委員会自体の成立を懸念し、朝鮮半島の独立がなされるまでは、アメリカ・ソ連・イギリスに中国を加えた4か国による最長5年間の信託統治を要すると決められた。このことが朝鮮半島内で歪曲して伝えられたことも影響して深刻な信託統治反対運動が起き、これがその後の南北分断の一要因ともなった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「モスクワ三国外相会議」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|