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モリワキ : ウィキペディア日本語版
モリワキエンジニアリング

株式会社モリワキエンジニアリング(''Moriwaki Engineering Co.,Ltd.'' )は、二輪・四輪車用部品、用品の研究開発、レース参戦、製造販売を手がけるメーカー。
== 概要 ==
ヨシムラジャパンの創立者、吉村秀雄の弟子である森脇護が、ヨシムラから独立し創業した。社名は創業者の姓から名付けられている。取締役専務である森脇南海子は妻で、吉村秀雄の実娘である。
レース活動を積極的に行い、特にフレーム製作で知られる。1970年代から1990年代にかけて、市販車改造カテゴリーであるTT-F1クラスにおいてワークスマシンと互角の性能を持つマシンを次々と開発し、宮城光八代俊二らのライディングによって広く知られるようになった。1981年鈴鹿8時間耐久ロードレースで、当時無名のワイン・ガードナーの手によってポールポジションを獲得した「モリワキ・モンスター」(カワサキ・Z1000のエンジンをオリジナルアルミフレームに搭載)や、VFR750Rのエンジンをオリジナルフレームに搭載した「Zero-VX7」が特に知られている。また、血縁関係にあるヨシムラジャパンに一時期フレームを納入していた時期もあった。1980年代後半に友好関係にあるホンダが本格的に250ccクラスへの復帰を果たした際には、レーサーのRS250のエンジン供給を受けて独自のフレームに搭載して走らせた。1986年から1987年にはワークスマシンのNSR500NS500を貸与され、全日本ロードレース選手権の500ccクラスを戦った時期もある。
若手ライダーの発掘と育成も行っており、ガードナーや八代はモリワキに見出され、後にWGPを舞台に活躍している。
フレーム改造の自由度の高かったTT-F1に対し、現行のJSB1000及びST600ではフレームの改造および変更は基本的には許されないため、近年では上記のようなオリジナルマシンが国内選手権で走る場面は減少したものの、MotoGPにHRCからRC211Vのエンジンの供給を受け、自社のオリジナルフレームに搭載したMD211VFで参戦していた。また、エントリーレベルでのレース活動を積極的に支援しており、ホンダのNS-1をベースにしたレーサーMH80をリリースしたり、4ストローク単気筒エンジンを使用するGP-MONOカテゴリー向けに、各社250モトクロッサー用エンジンが搭載出来る汎用性の高いフレームを開発するなどしている。
MotoGPの旧GP250クラスが2010年より「Moto2」クラスにリニューアルされるのに伴い、同クラス用のマシンとして「MD600」を開発し、2009年のシーズン途中より全日本ロードレース選手権に賞典外ながらテスト参戦。2010年の「Moto2」クラス開始とともにMotoGPに参戦し、MD600を使用していたトニ・エリアスが第2戦スペインGPでの初優勝を皮切りにシーズン7勝を挙げ個人の総合チャンピオンとなり、シーズンのマニュファクチャラーズ・ランキングでもモリワキは2位の成績を残した。
オートバイ用パーツの他に「モリワキ最中」という和菓子も発売している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「モリワキエンジニアリング」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Moriwaki 」があります。



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