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ヤクタ・アーレア・エスト : ウィキペディア日本語版
賽は投げられた[さいはなげられた]

は投げられた(さいはなげられた)」(古典ラテン語:、アーレア・ヤクタ・エスト)は、ガイウス・ユリウス・カエサル紀元前49年1月10日元老院に背いて軍を率いて南下し北イタリアのルビコン川を通過する際に言ったとして知られる言葉。当時のカエサルは一軍人だった。出典はスエトニウスの文章 () である。現在は、“もう帰還不能限界点を越してしまったので、最後までやるしかない”という意味で使われている。
共和政ローマは当時、本土と属州ガリア・キサルピナをルビコン川で分けており、それ故にルビコン川は北の防衛線であったため、軍団を率いてルビコン川以南へ向かうことは法により禁じられていた。これに背くことはローマに対する反逆とみなされた。
なおカエサルはこのフレーズを喜劇作家のメナンドロスから借りたと言っており、スエトニウスも似たようなフレーズを言っている(詳細はこの記事の英語版を参照)。
== 一般的な全文 ==

スエトニウス「ローマ皇帝伝」)
スエトニウスの原文は、こうである。


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「賽は投げられた」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Alea iacta est 」があります。



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