|
山崎 理(やまさき おさむ、1962年2月19日 - )は、日本のアニメーション監督、プロデューサー、演出家、アニメーター。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)副代表理事。日本映画監督協会会員。ワオワールド所属。熊本県出身。 プロデュース、脚本、絵コンテ、演出、原画とマルチにできるタイプのアニメーション監督の1人。カタカナのヤマサキオサム名義での活動もある。幅広い年齢層と各業界へのネットワークを持つ。 == 経歴 == *1962年2月19日 - 物理教師の父、医師の母のもと、熊本市で生まれる。 *1980年 - 熊本時代の先輩であるわたなべひろしを尊敬し上京。当時わたなべが所属していたスタジオ・ライブ社長芦田豊雄に絵を見てもらったことが、アニメ業界入りのきっかけとなる。以来、芦田を師と仰ぐ。わたなべひろしや神志那弘志は、高校時代のアニメーション同好会の先輩後輩。 *中村プロダクションやカナメプロダクションにて原画・構成・制作などを経験した後にフリーランスとなり、1984年につるやまおさむ、大貫健一、大張正己、西井正典らと、フリースタジオ南町奉行所を設立。 *1987年 - 日本ビクター製作のOVA『戦国奇譚 妖刀伝』で企画・原案・監督として24歳でデビュー。『戦国奇譚 妖刀伝』は「戦国時代」「男装の麗人&美青年」「骨太なシナリオ」「妖魔」といった新しい視点が受け、OVA専門誌「アニメV」の人気投票にて、同年及び1988年の1位を獲得。この作品により「時代物アニメ」というジャンルが確立された。 *1989年 - 「有限会社南町奉行所」法人化、代表取締役に就任。 *1989年 - 『戦国奇譚 妖刀伝 総集編』劇場公開。 *1991年 - アミューズメントメディア総合学院の講師併任。以来、アミューズメントメディア総合学院をはじめ、各講演にて後続の育成に力を入れている。業界を支えるキーマンには、教え子も多い(マーベラスエンターテイメントを経てメディアファクトリーのプロデューサーとなった伊藤誠、Production I.Gのプロデューサーとなった中武哲也、脚本家となった岡田麿里、『ギルティ・ギア』シリーズのディレクターとなった石渡太輔、等)。 *2007年 - 自ら企画を立ち上げた竹宮惠子原作『地球へ…』が、毎日放送/TBS系の土曜日午後6時(通称「土6」)枠に抜擢。TVアニメ化決定に伴い、監督業務に専念するために独立。 *2008年 - 株式会社ワオワールドに所属。 *2008年 - ヤマサキオサム名義で、4月より中部日本放送/TBS系放送の多田かおる原作『イタズラなKiss』の監督を担当。数字の取れない明け方の放送にもかかわらず、2.9%の視聴率を記録。ドラマ・舞台とイタキスブームが続く中、アニメの視聴ベントチケットが5分で完売。 *2010年 - 芦田豊雄代表理事の志を受け継ぎ、6月より日本アニメーター・演出協会(JAniCA)理事長に就任。 *2010年4月 - 幕末の史実要素に基づくゲーム『薄桜鬼』のTVシリーズ監督〔アニメ雑誌『PASH!』の巻頭インタビューで「監督として1つの代表作であり、薄桜鬼に関われたことを幸せに思う」と答えている。〕。アニメDVD売り上げランキング1位を記録するなど人気を博す。絵コンテや脚本も手掛ける。 *2010年10月 - 『薄桜鬼』のTVシリーズ第2期『薄桜鬼 碧血録』放送開始。同年12月『薄桜鬼 碧血録』DVD第1巻発売、オリコンDVDランキング初登場1位。 *2012年9月 - 『「薄桜鬼 黎明録」放送スタート記念!シリーズ一挙放送SP』が『スカパーアワード2012 アニメ・特撮大賞』を受賞。 *2012年11月 - 熊本県合志市熊本高等専門学校にて開講された合志市主催『響創塾』で講演。 *2013年1月 - 『八犬伝―東方八犬異聞―』総監督を担当。 *2013年8月 - 『劇場版 薄桜鬼 第一章 京都乱舞』全国ロードショー。監督・脚本・音響監督・絵コンテを担当。 *2013年 - 熊本県の情報サイト『気になるくまもと』12周年記念特集「熊本スマイルイン東京」に取り上げられた。 http://www.kininaru-k.jp/2013/12th-campaign/kumamoto-smile-tokyo/131107.html *2014年3月 -『劇場版 薄桜鬼 第二章 士魂蒼穹』(- しこんそうきゅう)全国ロードショー。監督・脚本・音響監督・絵コンテを担当。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「山崎理」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|