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リッキー・バーンズ(Ricky Burns、男性、1983年4月13日 - )は、スコットランドのプロボクサー。グラスゴー出身。第17代WBO世界スーパーフェザー級王者。第12代WBO世界ライト級王者。教科書さながらの基本に忠実なボクシングスタイル。世界王座獲得後も街のスポーツ・ショップで店員として働いている〔正真正銘の本物 WBOライト級王者バーンズ 47NEWS 2012年10月9日〕。バリー・ハーンのマッチルーム・スポルト所属。 ==来歴== 2001年10月20日、プロデビュー。4回判定勝ち。 2006年2月18日、EBU欧州並びにコモンウェルスイギリス連邦並びにBBBofC英国スーパーフェザー級王者アレックス・アーサーと対戦したが、プロ初黒星となる12回0-3(111-117、110-118、112-116)の判定負けを喫し、王座獲得に失敗した。 2007年2月9日、コモンウェルスイギリス連邦スーパーフェザー級王者カール・ヨハンセンと対戦し、12回0-3(109-118、2者が110-117)の判定負けを喫し、またも王座獲得に失敗した。 2008年9月26日、オサマム・アカーバとコモンウェルスイギリス連邦スーパーフェザー級王座決定戦を行い、12回3-0(116-113、117-112、116-112)の判定勝ちを収め、王座を獲得した。 2008年11月14日、ヤクブ・アミドゥとグラスゴーのケルビンホールで対戦し、7回2分57秒TKO勝ちを収め、初防衛に成功した。 2009年3月27日、イギリス・グラスゴーのベラヒューストン・スポーツセンターでマイケル・ゴメスと対戦し、7回0分47秒TKO勝ちを収め、2度目の防衛に成功した〔Ricky Burns Stops Michael Gomez In 7th Round EAST SIDE BOXING(英語) 2009年3月28日〕。 2009年6月19日、グラスゴーのベラヒューストン・スポーツセンターでケビン·オハラと対戦し、12回3-0(117-110、115-113、117-111)の判定勝ちを収め3度目の防衛に成功した。 2010年9月4日、WBO世界スーパーフェザー級王者ローマン・マルチネス(プエルトリコ)に挑戦。初回にバーンズはダウンを奪われたが、それ以降は主導権を奪って12回3-0(2者が115-112、115-113)の僅差判定勝ちを収め王座を獲得した。 2010年12月4日、グラスゴーのブラエヘッド・アリーナでアンドレアス・エバンセン(ガーナ)と対戦し、12回3-0(2者が119-108、118-109)の大差判定勝ちを収め、初防衛に成功した。 2011年3月12日、グラスゴーのブラエヘッド・アリーナでジョセフ・レイヤ(ノルウェー)と対戦し、レイヤの7回終了時棄権により、世界王者になって初のKO勝ちとなるTKO勝ちを収め、2度目の防衛に成功した。 2011年7月16日、リヴァプールのリヴァプール・エコー・アリーナで元WBO世界スーパーフェザー級王者ニッキー・クック(イギリス)と対戦し、引導を渡す1回1分33秒TKO勝ちを収め、3度目の防衛に成功した〔 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年7月18日〕。 2011年9月10日、減量苦を理由にライト級に転向。WBO世界スーパーフェザー級王座を返上した。 転向戦を得ず同年11月5日、ロンドンにて元WBO世界ライト級暫定王者マイケル・カティディス(オーストラリア)とWBO世界ライト級暫定王座決定戦を行い、12回3-0(117-112、2者が117-111)の判定勝ちを収め王座を獲得し、2階級制覇を達成した。 2012年1月6日、正規王者ファン・マヌエル・マルケスがスーパーライト級に転向するためにWBO世界ライト級王座を返上したため、正規王座認定を受け正規王者になった。 2012年3月10日、グラスゴーのブラエヘッド・アリーナで元WBA世界ライト級王者パウルス・モーゼス(ナミビア)と初防衛戦を行い、12回3-0(120-110、117-110、119-110)の大差判定勝ちを収め、初防衛に成功した。 2012年9月22日、グラスゴーのスコティッシュ・エキシビジョン・センターで英国人のケビン・ミッチェルと2度目の防衛戦を行い、4回2分59秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した〔 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年9月23日〕。 2013年4月20日、イギリス・ロンドンのウェンブリー・アリーナでIBF世界ライト級王者ミゲル・バスケスと王座統一戦を行う予定だったが〔バスケス×バーンズ 3月ロンドン開催 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年1月15日〕 、バスケスの病気で試合がキャンセルされた。 2013年5月11日、グラスゴーのエミレーツアリーナにて22戦全勝で指名挑戦者のホセ・ゴンサレスと対戦。試合は序盤から挑戦者のゴンサレスが優位に進めていき、中盤にはバーンズをロープに詰めラッシュをかけKO寸前まで追い詰めるも、8回からは挑戦者が下がり続け、チャンピオンに逆転の光明が見えかけた矢先の10回にゴンサレスが手の負傷を理由にギブアップし9回終了TKO勝ちを収め、3度目の防衛に成功した〔 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年5月12日〕。9回終了時までの採点は3人のジャッジが揃って87対84でゴンサレスを支持しており、バーンズにとってはラッキーな防衛となった。 2013年9月7日、グラスゴーのスコティッシュ・エキシビジョン・センターでWBO世界ライト級6位のレイムンド・ベルトランと対戦し、8回にダウンを奪われ顎を骨折してしまい苦戦するも12回1-1(115-112、113-115、114-114)の判定で引き分けとなり、4度目の防衛に成功したが〔 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年9月8日〕、この判定は大きな物議を醸した。ボクシングマスコミ関係者44人の採点では44人全てが対戦相手のベルトランの勝利を支持しており、バーンズの勝ちとしたのは1人もいなかった。 2014年3月1日、グラスゴーのスコティッシュ・エキシビジョン・センターでWBO世界ライト級1位のテレンス・クロフォードと指名試合を行い、12回0-3(112-116、111-117、112-115)の判定負けを喫し5度目の防衛に失敗、王座から陥落した〔クロフォード、バーンズ下す WBOライト級 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年3月2日〕。 2014年6月27日、復帰戦をグラスゴーにてデアン・ザティカニと対戦。初回にいきなり左フックでダウンを奪われ、その後盛り返し追い上げるも一歩届かず、12回1-2(113-115、113-115、115-113)の判定負けを喫して2連敗となった。 2015年5月9日、初のアメリカでの試合をテキサス州ヒダルゴ郡イダルゴのステート・ファーム・アリーナでWBC世界ライト級休養王者オマール・フィゲロアとノンタイトル12回戦をスーパーライト級契約体重で行う予定だったが〔Omar Figueroa-Ricky Burns and Tomoki Kameda-Jamie McDonnell set for May 9 Boxing News 2015年4月1日〕、前日計量でフィゲロアに体重超過の失態があったためキャッチウェイトで行われた。試合は、バーンズが8回と11回にホールディングで減点されて、0-3の判定負けを喫した。 2016年5月21日、グラスゴーのThe SSE Hydroでエイドリアン・ブローナーのスーパー王座認定と暫定王者だったホセ・ベナビデスの返上で相次いで空位となったWBA世界スーパーライト級王座決定戦でWBA世界スーパーライト級2位でEBUヨーロッパスーパーライト級王者のミケーレ・ディ・ロッコと対戦し3階級制覇を目指す〔バーンズvsディ・ロッコ、WBA・SL級王座決定戦 Boxing News(ボクシングニュース) 2016年3月16日〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「リッキー・バーンズ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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