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ルネ・ド・ブルボン=パルム : ウィキペディア日本語版 | ルネ・ド・ブルボン=パルム
ルネ・シャルル・マリア・ジョゼフ・ド・ブルボン=パルマ(仏:René Charles Maria Joseph de Bourbon-Parme, 1894年10月17日 シュヴァルツァウ - 1962年7月30日 コペンハーゲン)は、ブルボン=パルマ家の公子。オーストリア皇后ツィタの弟。イタリア語名はレナート・ディ・ボルボーネ=パルマ(''Renato Carlo Maria Giuseppe di Borbone-Parma'')。 == 生涯 == 最後のパルマ公ロベルト1世と、その2番目の妻でポルトガルの廃王ミゲル1世の娘であるマリア・アントニアの間の第7子、四男として生まれた(父にとっては第19子、9番目の息子である)。オーストリア東部に父が所有するシュヴァルツァウ城で生まれ育った。1921年6月9日にコペンハーゲンにおいて、デンマーク王子ヴァルデマーの娘マルグレーテと結婚した。デンマーク王室はルター派信徒だが、マルグレーテは母マリー・ドルレアンの元で特別にカトリック信徒として育てられていた〔Finestone, p. 199.〕。 ルネはフランス国籍を有しており、一家は主にフランスで暮らしたが、生活ぶりは比較的貧しかった。第2次世界大戦前夜、ルネは一時的にフィンランド軍に義勇兵として入隊している。大戦が始まると、ルネ一家はナチス・ドイツのフランス侵攻から逃れてフランスを出国し、大戦が終わるまでスペイン、ポルトガル、アメリカ合衆国を転々とした。
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