|
ロシア高層アパート連続爆破事件は、1999年にモスクワなどロシア国内3都市で発生し、300人近い死者を出した爆弾テロ。同月に首相となったウラジーミル・プーチンはチェチェン独立派武装勢力のテロと断定。この大惨事となった事件と、チェチェン武装勢力のダゲスタン侵攻を理由にチェチェンへの侵攻を再開し、第二次チェチェン戦争の発端となった。プーチンの対チェチェン強硬路線は反チェチェンに傾いた国民の支持を集め、彼を大統領の座に押し上げた。 後述する「リャザン事件」等において、ロシア連邦保安庁(FSB)による関与の可能性を指摘する意見も存在する。 ==事件の発生== *8月31日 - モスクワ中心部のショッピングモールで混雑時間帯に爆弾テロ。1人が死亡、40人が負傷。 *9月4日 - ダゲスタン共和国のブイナクスクの軍人用集合住宅に乗り入れたトラックが爆発し、建物が崩壊。64人のロシア兵および家族が死亡、130人が負傷。 *9月9日 - モスクワのグリナノフ通りの集合住宅で爆破事件。94人が死亡、164人が負傷。 *9月13日 - モスクワ、カシールスカヤ街道沿いの集合住宅で爆破事件。119人が死亡。 *9月16日 - ヴォルゴドンスクの集合住宅で爆破事件。17人が死亡、72人が負傷した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ロシア高層アパート連続爆破事件」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|