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ワグナー・ナンドール : ウィキペディア日本語版
ワグナー・ナンドール

ワグナー・ナンドール(Wagner Nándor、日本名:和久奈 南都留、1922年10月7日 - 1997年11月15日)は、ハンガリー出身の彫刻家。ハンガリー語ではヴァーグネル・ナーンドル
==略歴==

*1922年 ハンガリートランシルバニア地方ナジヴァーラド市(現在ルーマニア領でルーマニア語名ではオラデア市)に生まれる。
*1939年 理工科高校で建築学を学ぶ。父親から「老子の書」を手渡される。
*1940年 ブダペスト国立美術大学入学、彫刻専攻。同時に国立大学医学部で解剖学を学ぶ。
*1941年 第二次世界大戦に志願、重傷を負う。
*1947年 国立博物館に勤務し、美術史・考古学・民族学などを研究。
*1949年 戦後の博物館復興のため研究部門の責任者に選ばれ、新築・改築の設計及び新しい陳列方式を考案する。

*1951年 ハンガリーのスターリン時代、公職から追放される。彫刻家としての活動に入り、国立彫刻展第一席入賞「3人の子供」などの作品を制作。
*1956年 ハンガリー動乱の際、知識人代表に選ばれ、後、スウェーデンに亡命。ハンガリー時代の作品は友人によりひそかに国立博物館に保管される。 
*1957年 スウェーデン、ルンド市で制作活動を再開。
*1961年 長年研究していた分析美術史を基に、哲学理論を完成。
*1963年 ステンレス鋳造の研究に成功。世界初、ステンレス鋳造製のモニュメント「天使の像」をルンド市に建立。
*1966年 4月29日、秋山ちよと結婚。スウェーデンにて鋳造ステンレス製モニュメント数作、独自に考案したペーパー・フレスコ画数十点などを含め約200点を制作。
*1969年 移住のため来日。
*1970年 栃木県益子町にアトリエを建設。
*1972年 栃木県立美術館にブロンズ製「母子像」設置。
*1974年 モニュメント「道祖神像」(鋳造ステンレス製)、栃木国体参加章など制作。
*1975年 日本国に帰化。 
*1977年 「哲学の庭」制作開始。
*1987年 財団法人タオ世界文化発展研究所を設立し、理事長に就任。
*1994年 「哲学の庭」3組28体ブロンズ製で完成。
*1997年 11月15日、永眠(75歳)。
*1999年 ハンガリー・セーケシュフェヘールヴァール市に「ハンガリアン・コープス像」建立。同市より名誉市民章を授与される。
*2000年 ワグナー・ナンドール アートギャラリー開館。ワグナーがデザインしたモニュメント「アーロム・夢」が益子駅前に設置される。
*2001年 ハンガリー・ブダペスト市ゲッレールト山に「哲学の庭」建立。
*2005年 故郷ナジヴァーラド市に「詩人ヨージェフ・アティッラ像」設置。
*2006年 伝記「哲学者彫刻家 ワグナー・ナンドール」、ハンガリーで発刊。
*2006年 NHK エデュケーショナル DVD「ワグナー・ナンドールの世界(17分)」制作。
*2007年 日本で「ワグナー・ナンドール作品写真集」発刊。
*2009年 栃木県さくら市ミュージアムにて 企画展同時開催。
*2009年 ハンガリーで発刊された伝記「哲学者彫刻家 ワグナー・ナンドール」の日本語訳発刊。
*2009年 中野区哲学堂公園に【哲学の庭】建立。12月4日除幕式。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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