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万里小路 輔房(までのこうじ すけふさ、天文11年(1542年)- 天正元年8月5日(1573年9月1日))は、安土桃山時代の公家。 堂上家(名家、藤原北家高藤流甘露寺支流)である、万里小路家の15代目当主。 ==経歴== 内大臣・万里小路惟房の子。母は、大隅守・畠山家俊(西谷内畠山家)の娘。養子に権大納言・万里小路充房(実父は権大納言・勧修寺晴秀)など。 永禄6年(1563年)7月6日、参議に叙官。 極位極官は、正三位・権中納言。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「万里小路輔房」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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