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三事忠告[さんことちゅうこく] 『三事忠告』は中国の古典籍の一つ。著者は元代の官僚・儒学者の張養浩。民衆を指導していく立場にある政治家・役人が持つべき信念・道徳が書かれた政治指南書。内容は『廟堂忠告』、『風憲忠告』、『牧民忠告』から成っており、それぞれ、内閣大臣、法務警察関係者、地方行政担当者に宛てる忠告と言う形で説かれている。
==解題== 『三事忠告』は、元代の官僚・張養浩が県令となって著した『牧民忠告』、御史となって著した『風憲忠告』、大臣となって著した『廟堂忠告』の三部を合わせて名付けたもので、明の洪武22年、広西按察司僉事の揚子宏はこれを刊行して『為政忠告』としたが、42年後の宣徳6年に、河南府長官の李驥がこれを重刻して『三事忠告』と改名した。
日本でも、江戸時代に藩政の指南書として、保科正之が『牧民忠告』を刊行して各大名達に贈呈した。天明の始め、尾張藩の参政・人見黍は『牧民忠告』を同藩の大塚長幹から貰い受けて感動し、一人私蔵しておくには勿体無く、多くの役人達にも読ませたいと考えて、これを農政通で知られた樋口好古に嘱して邦訳させた。樋口好古は弟の杉浦邦吉と共に邦訳に取りかかったが、ある日弟が市中の書店から『牧民忠告俚諺鈔』を発見し、既に邦訳版が出ているなら、自分達の仕事はやめようかとも考えた。しかし、どうもその本は雑駁で内容味に欠けていた為に、思い直して続行し、原文に返り点を付けて、字義は説かずに大意を通解した『牧民忠告解』として著した。〔日本経済大典21巻収録〕
又、満州事変から日中戦争への移行期、満州に滞在していた漢学者にして政治顧問、安岡正篤の発案により、満州国の統治に関与する者達の反省修養の為に、有志者を集めて訳注し、玄黄出版社主の鶴田久作により一千部出版して関東軍当局に寄付し、榎並充造・乾利一等によって多方面に配布された。
『牧民忠告』には、張養浩の心友の子である貢師泰の序があり、『風憲忠告』には同時代の名臣・林泉生の序、『廟堂忠告』には明初の広東布政使司左参議・靳顥(きんこう)の序がある。又、明の李驥が『三事忠告』の後序を、同じく明の鄭瑛、張養浩の九世の孫・張家声が跋文を載せている。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「三事忠告」の詳細全文を読む
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