翻訳と辞書
Words near each other
・ 三信商業銀行
・ 三信家事商業職業学校
・ 三信家商
・ 三信技研
・ 三信鉄道
・ 三信鉄道の電車
・ 三信鉄道デ101形電車
・ 三信鉄道デ1形電車
・ 三信鉄道デ301形電車
・ 三信鉄道デキ501形電気機関車
三信鉄道デニ201形電車
・ 三信鉄道デ二201形電車
・ 三信鉱工
・ 三信高級家事商業職業学校
・ 三俣
・ 三俣 (掛川市)
・ 三俣の大雪崩
・ 三俣凱
・ 三俣宿
・ 三俣山


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

三信鉄道デニ201形電車 : ウィキペディア日本語版
三信鉄道の電車[さんしんてつどうのでんしゃ]
三信鉄道の電車(さんしんてつどうのでんしゃ)
本項では、三信鉄道(現在の東海旅客鉄道飯田線の一部)が保有した電車について記述する。
==概要==
三信鉄道は天竜川の電源開発を目的に、豊川鉄道鳳来寺鉄道伊那電気鉄道を結ぶ鉄道として建設されたもので、開業当初から直流1500Vによる電化鉄道であった。建設は、伊那電気鉄道側の天竜峡と、鳳来寺鉄道側の三河川合の南北両側から進められ、北線は1932年(昭和7年)10月の天竜峡 - 門島間、南線は1年遅れて1933年(昭和8年)10月の三河川合 - 三河長岡間を皮切りに順次延伸され、1937年(昭和12年)8月の大嵐 - 小和田間を最後に全通した。
三信鉄道は、1943年(昭和18年)8月1日付けで、接続する豊川鉄道、鳳来寺鉄道、伊那電気鉄道とともに戦時買収され、鉄道省飯田線となった。この時点で鉄道省籍を得たのは、電気機関車1両、電車9両、貨車69両である。これらは、貨車を除いて買収後も私鉄時代の形式番号のまま使用され、国鉄形式が与えられたのは、1953年(昭和28年)6月1日に施行された、車両形式称号規程改正の際である。電車は後述のように、かつて鉄道省に在籍したものばかりであったが、再国有化にあたって旧番に復することはなかった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「三信鉄道の電車」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.