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三宅康和[みやけ やすかず]
三宅 康和(みやけ やすかず)は、三河田原藩の第9代藩主。田原藩三宅家12代。 == 生涯 == 寛政10年(1798年)8月9日、第8代藩主・三宅康友の次男として江戸で生まれる。文化3年(1806年)2月に兄の亀吉が死去したため、4月25日に世子となった。文化6年(1809年)、父が死去したため家督を継いだ。 文化7年(1810年)6月から藩財政再建などを中心とした藩政改革に取り組み、9月には藩校・成章館を創設し、文化9年(1812年)や文政元年(1818年)10月などには5ヵ年にわたる倹約令を出すなどしたが、日光祭祀奉行や江戸城和田倉門番などにおける出費、さらに康和自身が病弱だったため、改革は失敗した。文化12年(1815年)12月16日に従五位下・備中守に叙位・任官し、文化14年(1817年)9月に対馬守に遷任している。 文政6年(1823年)2月8日、江戸で死去した。享年26。跡を弟で養子の康明が継いだ。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「三宅康和」の詳細全文を読む
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