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三村元範[みむら もとのり] 三村 元範(みむら もとのり、天文18年(1548年?) - 天正2年(1574年)11月)は、戦国時代の武将。備中国杠城主。 天文18年(1549年)、三村家親の子として生まれる。父の死後は三村家家臣として兄である当主・元親を補佐した。元親が織田信長と手を結んで毛利輝元から離反すると(備中兵乱)、三村方として杠城(ゆずりはじょう、楪城とも書く)に篭城するも、毛利氏の武将・小早川隆景に攻められ、衆寡敵せず、玉砕した。元範は長刀の達人であり、最後の戦いでも奮戦したといわれる。享年27。 杠城の落城は「備中兵乱記」では天正3年(1575年)1月8日となっているが、「萩藩閥閲録」には天正2年(1574年)11月6日付けで毛利輝元が楢崎豊景に宛てた感状が収録されており、それには「杠城落去」と書かれているので、杠城の落城は備中兵乱記より早かったものと考えられる。 新見市高尾には元範を顕彰する「三村元範討死の碑」がある。 == 関連項目 ==
*三村氏
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「三村元範」の詳細全文を読む
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