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三浦弥平 : ウィキペディア日本語版
三浦弥平[みうら やへい]
三浦 弥平(みうら やへい、1891年 - 1971年)は、福島県伊達郡白根村(現伊達市梁川町)出身のマラソン選手〔うつくしま電子事典<三浦弥平> 〕。
== 略歴 ==
家は大きな農家の出だったものの幼いころから病弱だったために小学校時代は病欠で留年の経験もある〔三浦弥平杯ロードレース大会:よもやま話 〕。白石中学校(現宮城県白石高等学校)進学後も、病欠しながらもランニングにより体を鍛え、秋の運動会には1000mで優勝を果たし陸上の道を志す〔〔。
早稲田大学進学後は、競走部に所属し関東学生大会や日本選手権大会など数々の大会で優勝を飾ったほか、第1回の箱根駅伝にも出場した。1920年にはアントワープオリンピックのマラソン日本代表に選ばれ24位になっている。その後ドイツへと留学しベルリン大学や、ドイツ体育大学にて体育学を学んだ。ドイツ留学中の1924年パリオリンピックでも代表に選ばれたが10000m、マラソンともに棄権となっている。帰国後の1932年には宮城県伊具郡筆甫村(現:丸森町筆甫)にオリンピック村を建設し、スポーツの普及に尽力した〔〔。
1947年第23回衆議院議員総選挙福島1区から無所属で立候補したが落選した。
1980年からは伊達市内にて毎年彼の業績を記念した、三浦弥平杯伊達市梁川ロードレース大会が開催されている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「三浦弥平」の詳細全文を読む



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