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三浦芳聖 : ウィキペディア日本語版
三浦芳聖[みうら よしまさ]
三浦 芳聖(みうら よしまさ、1904年明治37年)9月17日 - 1971年昭和46年)3月30日)は、第二次世界大戦日本が降伏した後に、南朝正統の皇胤であることを主張した「自称天皇」たちの一人。三浦天皇、または芳聖天皇
== 主張 ==
三浦の主張は以下の通りである。
南朝には、1336年延元元年)10月に後醍醐天皇から皇位を継承して北陸に落ちた神皇正統の皇統北陸朝廷#三浦芳聖の主張する北陸朝廷)と、後醍醐天皇が陽動作戦のために吉野に設けた偽装朝廷である副統の「正副二統」が存在した。擬天皇である後亀山天皇(三浦の主張では「熙成王」)が、足利義満の謀略により合一した後、正統の天皇は三種の神器を封印して地下深く埋蔵し、民伍に隠れ、今日に至った。三浦家は、その正統の皇統家の嫡孫である。
また、その主張に使用した方法を神風串呂と称している。ただしこれは占いの一種とされる(保阪正康「天皇が十九人いた」)。またこれに基づき、天皇に狸が憑くため皇居の場所が悪いといい、「皇居遷都提唱運動」という活動を行ってマスコミを賑わせている。若い頃は、苦学して明治大学を卒業したという。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「三浦芳聖」の詳細全文を読む



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