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上別府宮内少輔[かみべっぷ くないしょうゆう]
上別府 宮内少輔(かみべっぷ くないしょうゆう)は、戦国時代の武将。日向伊東氏の家臣。実名は不明。清武地頭。日向国宮崎郡清武城主。 日向国の中世史料である『日向記』の巻第7“分国中城主揃事”によると、長倉伴九郎と共に清武城主を務めたとされる。天文20年(1551年)の目井城攻防戦で長池刑部少輔等と共に活躍した。 元亀3年(1572年)の覚頭合戦の際には、伊東新次郎、伊東加賀守等を大将とする伊東軍に伴九郎と共に従軍した。しかしこの戦いで伊東軍は島津軍に敗北し、総崩れとなってしまう。敗走の最中に若年の長倉伴九郎討死の報を聞いた宮内少輔は、敗走する自分を面目なく感じて戦場に引き返し、討ち死にした。享年41。 category:戦国武将 category:日向国の人物 category:戦死した人物
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「上別府宮内少輔」の詳細全文を読む
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