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上広哲彦 : ウィキペディア日本語版
上廣哲彦[うえひろ てつひこ]
上廣 哲彦(うえひろ てつひこ 1906年3月2日 - 1972年10月6日、本名・上廣三郎)は、日本の“道徳家”。実践倫理宏正会の創立者。
== 概要 ==
広島県山県郡(現:北広島町)生まれ、広島市育ち。
戦前は鉄工所や日本貯蓄銀行(現在のりそな銀行)などに勤務。1945年祇園町にあった三菱重工業工作機械事業部の工場(現存しない。跡地はイオンモール広島祇園)訓育課勤務時の同年8月6日爆心地から1.6キロの国鉄横川駅構内で被爆。翌1946年5月3日広島の地で、ひとのみち教団の分派倫理研究所から更に分かれて、「宏正会」(現・実践倫理宏正会)を創設。同年9月18日、宏正会の中心的活動である朝起会を石川県小松天満宮で開始。以後、各地で朝起会が開催される。
1948年4月1日文部省より社会教育団体として「社団法人」の許可を受ける。それに伴い同年5月、団体名を現在のものに改称。
原爆症との闘いの中で倫理普及活動を続け、1972年10月6日に逝去するまで倫理道徳普及に生涯を捧げた(従四位勲三等旭日中綬章追叙)。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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