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上村合戦(かみむらがっせん)とは、元亀3年(1572年)12月、甲斐と信濃の武田軍が、美濃国恵那郡の地頭遠山氏の本拠地岩村城(遠山景任城主)を攻撃するため、美濃国恵那郡の上村に侵入した際に、遠山氏との間で行われた合戦。 寛永諸家系図伝によれば、この合戦に参加した遠山庄遠山氏勢は、明知城主の遠山景行や甥で娘婿にあたる小里光次、飯羽間城主の遠山友信が記述されている。 == 沿革 == *元亀3年(1572年)12月 武田軍の秋山虎繁(信友)が岩村城へ進軍。 *同年同月 岩村城主(遠山景任)敗れ、のちに病死する。 *同年同月 一報を聞きつけた飯羽間城主(遠山友信)の軍勢は、急ぎ上村へ参戦する。 *同年同月 一報を聞きつけた明知城主(遠山景行)の軍勢は、急ぎ上村へ参戦するが敗れて自刃する。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「上村合戦」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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