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上越新幹線(じょうえつしんかんせん)は、大宮駅(列車運行上は東京駅)から新潟駅までを結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の高速鉄道路線(新幹線)およびその列車である。ラインカラーは緑()〔ただし、東京、上野、大宮の3駅では誤乗防止のため、発車標で5方面を識別する色を独自に用いており、上越新幹線では赤()を採用する。なお、フルカラーLED式の行先表示器を採用する車両(E3系2000番台、E2系1000番台J70番台編成、E5系、E6系、E7系、ならびに西日本旅客鉄道〈JR西日本〉所有のW7系)では、行先表示器の列車名もこれらの路線色で表示される。〕。 == 概要 == 全国新幹線鉄道整備法に基づく新幹線鉄道として初めて『全国新幹線鉄道整備法第四条第一項の規定による建設を開始すべき新幹線鉄道の路線を定める基本計画』(1971年運輸省告示)に盛り込まれた3線のうちの一つである(残り2線は東北新幹線と成田新幹線)。 1971年(昭和46年)に基本計画の決定、同年4月1日に整備計画の決定を経て〔『毎日年鑑 昭和47年版』 毎日新聞社、1972年2月。〕、同年10月14日に運輸大臣が日本国有鉄道(国鉄)および日本鉄道建設公団に対して上越新幹線の工事実施計画を認可し〔『毎日年鑑 昭和47年版』 毎日新聞社、1972年2月。〕、同年11月28日に着工〔、1982年(昭和57年)11月15日に大宮 - 新潟間が開業〔『昭和59年版 交通年鑑』 交通協力会、1984年3月15日。〕。のち、東北新幹線の上野 - 大宮、東京 - 上野間の開業に伴い順次運転区間を延長した。 東京 - 大宮間は線籍上は東北新幹線であるが、大宮駅を始終着とする列車はなく、全列車が東京駅(臨時列車の一部は上野駅始終着)まで乗り入れ、新潟(高崎・越後湯沢)行きの列車については東京 - 大宮間においても「上越新幹線」と案内される。同様に、上越新幹線の大宮 - 高崎間に乗り入れている北陸新幹線の列車については、東京 - 高崎間においても「北陸新幹線」と案内される〔2015年3月13日までは北陸新幹線が長野が終着駅であり「長野新幹線」と案内されていた。〕。北陸新幹線の列車には西日本旅客鉄道(JR西日本)所属の車両が含まれる。 群馬県から新潟県にかけての区間(高崎 - 長岡間)は日本列島の中央分水嶺である三国山脈を横断するため、多くの区間がトンネルである。また、豪雪地帯である新潟県内を中心にスプリンクラーによる融雪設備を備えるほか、新潟県内の駅では線路・プラットホーム全体が屋根で覆われるなど、雪害対策が施されている。これにより、雪による運行上の障害は少ない。平野部(関東平野、越後平野)では、大部分が高架上を走る。 従来の東海道・山陽新幹線および東北新幹線と異なるのは、"本州を横断する新幹線"である。本州の太平洋側と日本海側を結ぶ初の新幹線である。首都圏方面から越後湯沢や長岡での乗り継ぎで上越・富山・金沢方面が、新潟での乗り継ぎで村上・庄内地方・秋田方面がそれぞれ従前より短時間で結ばれた。その後、富山・金沢方面への輸送は2015年開業の北陸新幹線に大部分を譲った。 「上越」の名称は並行在来線の上越線(高崎駅 - 宮内駅間)から由来するもので、群馬・新潟両県の旧令制国名(上州と越後)に由来する。なお、新潟県にはそれとは別に「上越地方」・「上越市」(上越後の意)が存在するが、上越新幹線のルートとは全く別の地域である(「上越」を参照)。なお、この上越地方・上越市には、北陸新幹線が経由している。 越後湯沢 - ガーラ湯沢間は、冬期間のみ営業する区間である。新幹線車両しか乗り入れないが、線籍上は上越線の支線で在来線扱いとなっている。 最高速度は全線で240km/hであり、大半の区間が直線主体の線形であるため、最高速度での走行が可能である。ただし、高崎 - 上毛高原間の「中山トンネル」については建設時にトンネルが水没する大出水事故が2回起き、結果的に当初計画から迂回するルートに変更され、半径1,500mの曲線が介在する線形となっており、同トンネルでは160km/hの速度制限を受ける事となった〔『上越新幹線物語1979』pp.122 - 127〕。 なお、長岡 - 新潟間は基本計画路線に入っている羽越新幹線との共用区間であるが、基本計画決定以降こちらの建設については動きはない。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「上越新幹線」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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