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中国の書道史[ちゅうごくのしょどうし]
中国の書道史(ちゅうごくのしょどうし)では、有史以来、清代までの中国における書の歴史について、その背景・書体の変遷・書風・筆跡・書人・書論など書に関連した事跡を記す。 == 概要 == 文字のもつ様式上の美を書という。漢字はその成立した当初から美への意識を刺激するものであった。よって、漢字と書の結合は初めから約束されていたといえよう。漢字の構造的な字形構成は、複雑のうちに変化と求心的な統一の原理がはたらいており、その変化と統一の融合は、様式としての美を追求するにふさわしい形態である。事実、最古の文字資料である殷代の甲骨文は、すでにすぐれた様式美を達成している。また、漢字の点画は幾何学的な線ではなく、すぐれた画家がその描線を以て事物の本質にせまろうとする律動的な線の描出法に似ている。このように漢字はその結体において字の起原的な形態を明確に示しながら、なお文字としての美をも志向しており、その他の古代文字とは本質を異にするものである〔白川(文字逍遥) PP..253-256〕。 書は漢字圏の文化であり、芸術である。芸術は制作と鑑賞という2つの営みの上に成立する。書の芸術性は、漢字の成立の当初においてすでに予定されており、また、その後の長い書の歴史がそのことを実証してきた。特定の個人がはっきりと芸術家としての評価を得たのは魏の鍾繇を嚆矢とし、その後、二王に代表される東晋の貴族たちによって美しく洗練され、芸術としての域にまで高められた。能書の鑑賞は古くからあったが、この東晋時代に至って書の造形に骨・肉・筋を見るようになった〔「筆力があるものは骨を多くし、筆力がないものは肉を多くする。骨が多く肉がないものを筋書といい、肉が多く骨がないものを墨豬という。力が多く筋が豊かなものは聖(すぐれたもの)、力がなく筋がないものは病(不健全なもの)である。」(『筆陣図』(原文)より)〕。これは書の鑑賞における画期的な認識であり、書が人間表現のものと自覚され、純粋に鑑賞の対象となったことを示唆している〔白川(文字逍遥) PP..261-262〕〔宇野 P.15、P.22(前付)〕。
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