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中尾 彬(なかお あきら、1942年8月11日〔 - )は、日本の俳優・タレント。千葉県木更津市出身〔。古舘プロジェクト所属。 前妻は茅島成美、現在の妻は池波志乃。義父は落語家10代目金原亭馬生、義祖父は5代目古今亭志ん生、義叔父は3代目古今亭志ん朝。姪の元夫は俳優の田宮五郎。『暴れん坊将軍』の初代徳川宗春役で知られている。身長175cm、血液型O型。 ==来歴== 酒屋を営む家に生まれる。1958年に千葉県立木更津第一高等学校(現・千葉県立木更津高等学校)へ入学する。在学中の1960年には油彩画の「石の花」が千葉県美術展に入選するなど絵の才能を発揮したのち、1961年に武蔵野美術大学油絵学科へ入学する〔。しかし何故か1962年に日活ニューフェイス(第5期)に合格〔後、映画デビューするも、絵の道を捨てきれず翌年に大学を中退してフランスへ留学する〔。だが諸般の理由で留学期間を短縮し、1964年に帰国、演劇の道を再び目指す。 同年、劇団民藝に研究生として入団する。同年、中平康監督・加賀まりこ主演の日活映画『月曜日のユカ』に助演し〔、期待の新人俳優として注目を浴びる。1970年に日活と民藝を離れてフリーとなってからは、各映画会社やテレビで活動を始める。横溝正史原作・高林陽一監督作品『本陣殺人事件』(1975年、ATG)では、主役金田一耕助を演ずる。 前妻は女優の茅島成美で、1970年に結婚した。一児(現在グラフィックデザイナー)を儲けるも、女優・池波志乃と共演をきっかけに不倫関係となり1975年に離婚、1978年に池波と再婚した。その頃から再び絵を始め、同年に個展(2回)を開催した。創作活動はその後も継続して行われ、フランスのル・サロン展にて大賞(「BUNRAKU・狂乱」、1981年)、国際賞(「COUNTRY・故郷」、1982年)を受賞後は、定期的に個展を開催することとなる。 2007年3月31日早朝、毎日放送の生番組『知っとこ!』レギュラー出演のために滞在していた大阪市内のホテルで、高熱を出す体調不良を訴えて救急車で病院に運ばれ、急性肺炎および横紋筋融解症と診断された。ICUで絶対安静の状態であったが、4月3日夕方に一般病棟へ移った。5月に入り大阪市内の病院から都内の病院へ転院して5月15日に退院した。その後、しばらくの自宅療養の後に6月30日放送の『知っとこ!』に生出演し、約3カ月ぶりに芸能界復帰を果たした。復帰の第一声は「地獄からはい上がってきました」であった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「中尾彬」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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