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中山 満親(なかやま みつちか、応安4年/建徳2年(1371年) - 応永28年4月26日(1421年5月27日)は、室町時代の公家。権中納言中山親雅の子。中山定親の父。本姓は藤原氏。初名は親兼。 == 略歴 == *応安6年/文中2年(1373年) - 叙爵。 *永和元年/天授元年(1375年) - 侍従 *至徳3年/元中3年(1386年) - 正五位下、満親と改名。 *嘉慶元年/元中4年(1387年) - 左近衛少将 *明徳元年/元中7年(1390年) - 信濃権介 *応永2年(1395年) - 蔵人頭 *応永9年(1402年) - 正四位上、参議 *応永10年(1403年) - 従三位、加賀権守( - 1407年) *応永15年(1408年) - 正三位 *応永17年(1410年) - 因幡権守 *応永18年(1411年) - 従二位、左近衛中将 *応永21年(1414年) - 権中納言 *応永24年(1417年) - 正二位 *応永25年(1418年) - 権大納言 *応永28年(1421年) - 出家し、祐満と号す。同年に没。享年51。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「中山満親」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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