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中島敏次郎[なかじま としじろう] 中島 敏次郎(なかじま としじろう、東京都出身。1925年9月2日〔(2008年6月27日提出、2011年12月21日閲覧)〕 - 2011年12月13日)は、日本の外交官。条約局長、北米局長、駐シンガポール大使、外務審議官、駐オーストラリア大使、駐中国大使、最高裁判所判事、皇室参与、あさひ法律事務所顧問等を歴任。 == 人物 == 東京都港区生まれ。中島房吉、中島静子の間の4人兄弟の二男として生まれる。旧制第一高等学校、東京大学法学部を卒業し、1948年に外務省入省。妻は第61代警視総監、のちに自由民主党衆議院議員、田中栄一の次女であった康子(旧姓田中)。中国、北京に在中国日本国特命全権大使として在留中に六四天安門事件が起こり、中国にいた邦人を無事国外に避難させた。 薬害「クロロキン事件」における最高裁控訴を、最高裁判所判事として棄却した人物。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「中島敏次郎」の詳細全文を読む
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